子どものころから婚約者がいたので、美琴は恋愛事を避けるようにしていた。
 そうでなくても、あんな勘違い高飛車女を本気で好きになってくれる人などいなかっただろう。
 
 没落してからは日々の生活と家族への仕送りを優先に生きてきたから、恋愛どころではなかった。
 結果、27歳にして美琴の恋愛経験はゼロに限りなく近い。下手をしたら中学生の陽菜の方が上ではないか。友達もいないから相談できない。
 仮にいたとしても『昔の婚約者と契約結婚して戸籍上妻になったんだけど、夫を本気で好きになっちゃった。これ以上好きになったら別れるとき辛いから、やんわり距離を取ろうとしていたら急にキスされてどうしたらいいかわからないの』なんて言われたら相手も困るだろう。

 病院に向かう車のハンドルを握りながら、美琴は溜息をついた。
 
 遥臣にキスをされてから約一週間、彼の仕事が忙しくなったのもあり、まともに会話ができない日々が続いていた。美琴が挙動不審になって前にも増して距離をとってしまっているのもいけないのだろう。

 でも、意識しないなんて無理だった。

『だったらこういうのも、仕事だって割り切れる?』