楓 - 2013 -

今日、
彼女が帰って来る。
広島に帰って来る。

僕は路面電車に乗り、広島駅へ向かった。
広島は川の都。いくつも、いくつも石橋を通り、
原爆ドームの前を通り、紙屋町を抜け、八丁堀を通る。
吹き抜ける涼しい川風が、
- お帰り。お帰り。
そう、ささやいているようだ。
広島駅南口で入場券を買い、改札を通って階段を上り、新幹線の改札へ向かう。
- お帰り。お帰り。
僕の夢は、ひとつは、とうとう叶わなかったけれど、もうひとつは、もうすぐ叶いそうだ。
胸がドキドキして来る。不安にもなる。でも、はずんでもいる。
僕は、
改札口の前で、彼女を待った。

サーモンピンクの大きなキャリーバッグを引いた彼女が現れる。
長い黒髪を後ろでひとつにまとめ、化粧けがまるでなく、黒いマスクをしている。かなり細くなった。
茶色のピーコート。白のふわっとしたロングスカート。黒いブーツと言う出で立ちの彼女を目にした瞬間、僕は息を呑んだ。

美しい。
何て、美しい。
そして、
愛らしい大きな目に戻っている。鼻も元どおりだ。
僕は、思わず大きく手を振った。
彼女はすぐに気がついて、大きく手を振り返し、
それから駆け足で改札を抜けて来た。
「只今」

「待ってたよ」
「ずうっと?」
「ずうっと」
しばし、ふたりとも言葉をなくし、おたがいをじっと見つめていた。見つめあっていた。改札前のすみで。
変わったところを探そうとしていた。変わらないところを探そうとしていた。ただ、会いたかった。会いたかった。
「ずうっと好きじゃったよ。きみが」

「知っちょった」
彼女は、
大きな目から涙をポロポロこぼし、
それから、
僕の胸に飛び込んで来た -


2025.04.25
蒼井深可 Mika Aoi