ああ、今日も君が好き。




◆◆◆◆◆





「チッ…」





深夜、帰宅後のリビングで冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出してペットボトルに直接口を付けたまま飲み干した。
真っ赤な口紅が剥げようと、衣服から放つ血の臭いが室内に充満しようと、荒んだ心がどうしようもなく叫んでいる。



―――気に入らない、と。



一度は我慢したこの苛立ちも目の前にあの男が現れた瞬間、再びぶり返して腹の底から気持ち悪い感覚が湧き上がって来た。





(どうしてお姉さんはあんな奴を…っ)





スゥ…、とリビングのドアが開く。





「やっと帰ったか、不良娘」

「……煩ぇよ」





ラフな格好でリビングに現れた雀は花依の姿に眉を顰める。





「派手にやったな」

「テメーには関係ねぇだろうが」

「部屋が臭くて鼻曲がりそうなんだよ。とっとと風呂入って寝ろ。くれぐれもあの人に気付かれねぇようにな」

「チッ」





自分の家だと言うのに息が詰まる。
唯一安らげる空間に他人が入り込んで来たことがこんなにも息苦しいとは思わなかった。



それも全てあの男のせいだ。





「忘れるなよ、あの人は姉貴(・・)の友達だぞ」





その言葉の意味を、花依はよく分かっていた。
あの雪緒が自分達のテリトリーに踏み入ることを許した人間を彼等がどうこう出来るわけなかった。
例え花依が気に入らない人間でも、雪緒が住まわせると一言言えばその通りになる。
この家で……いや、この姉弟の中で雪緒の言葉は絶対なのだ。
幼い頃から海外勤めの両親に代わり、雪緒は自分の時間を削ってまで弟と妹の面倒を見て来た。本当の母親より愛情深く、時に厳しく、いつしかこの姉弟にとって絶対的存在となっていた。





「持て成せとは言わない。だから我慢しろ」

「………」





いつまで我慢すればいいのだろうか。

先の見えない終わりが永遠のように感じてしまう。



だから花依は夜の世界に逃げた。
何も考えずただただ拳を振るって血を流せばあの男のことを忘れることが出来るから。





「それと、あんま姉貴に心配掛けんなよ」





そう言って雀は自分の部屋に戻って行く。
釘を刺すためだけに自分の帰りを待っていた雀を思うと、花依は自身の言動に反省した。

花依は雪緒の友達と仲良くするつもりは毛頭なかった。
それ以前に雪緒の友達が異性と知り、二人の関係をぶち壊してやろうと思っていた。
手始めに警察に「不審者がいる」と通報したが、二人の友情にヒビが入るどころが付け上がらせる結果となってしまった。
念のために男の部屋に例の写真を忍ばせて様子を見ていたが、あの男の態度は変わらなかった。





(気に入らない…)





男の魂胆は分かっている。
どうせ雪緒と親しくなりたいがために下手な芝居を打って近付いたに決まっている。
雪緒の優しさに漬け込んで懐に入ろうとする厭らしい性根に吐き気がする。



我慢しろ、と雀は言った。
でも初日でこれだから正直いつまで保つか分からない。





「我慢、か…」