「ゆき、そこ間違ってる」
リビングで資料を広げて大学のレポート課題に勤しんでいると、コーヒーを片手にやって来た吹雪くんに指摘された。
「えっ!どこどこ?」
吹雪くんも仕事していたのかブルーライトカットのメガネをつけていて、中々見れない姿に密かにときめいていたりする。
「ほら、ここ。資料の年数が一つずつズレてるよ。それにこの図形だと分かりづらいからこっちを見たほうがいいと思う」
長くて筋張った指が滑らかに資料上を行き来するのを頷きながら追いかけた。吹雪くんは去年大学を首席で卒業して、今は建築士として働いている。将来は独立したいと考えている吹雪くんの手伝いがしたいと思った私は、現在経済学部で猛勉強中だ。
学部が違うはずなのになぜ問題が解けるのか疑問に思って吹雪くんにきいたら、参考書見ればだいたい分かると言われ、授業を受けている私より簡単に問題を解いてしまう彼を羨ましく思った。
「あー、たしかに。さすが吹雪くん」
「ゆきもあきらめなければ絶対出来るようになるよ」
私の頭を撫でながら吹雪くんは私を励ました。
「ほんとにできるかな?私結構計算ミスしちゃうし、授業に追いつくだけで精一杯なのに」
「大丈夫、ゆきは頑張ってるって知ってるから。まずは一つずつ間違いを直そう。今のところやり直してご覧」
分かったと頷くと、私の頭をボンッと撫でて、リビングからでていった。よし、頑張ろう。
気合を入れるために頬をペチッとはたくと、レポート用紙に真っ正面から向き合った。
「終わったー!」
「お疲れ様」
いつの間にか私の後ろのソファに座っていた吹雪くんが読んでいた本をパタンと閉じた。表紙にはおしゃれな家の写真に英語で何やら書いてあるけど、私には読めない。前に中身を覗いたことがあったけど、中の文章も全部英語で、3ページほどめくった後に本を閉じた。吹雪くんいわく有名な建築士さんの本なんだとか。
私は体を後ろに向けて、ソファに座っている吹雪くんの膝の上に顎を乗せた。
「疲れた?」
「ちょっとね」
ずっと同じ姿勢でやっていたから肩が痛い。それに、ずっと頭を回転させていたから、体が糖分を欲していた。
「じゃあ疲れているゆきにいいものあげる。ちょっとまってて」
ソファから立ち上がってキッチンに行く吹雪くんを目で追いながら、私はソファに腰を下ろした。
「ゆきが甘いものほしがるだろうなって思ったからさっき買ってきたんだ。俺からのご褒美だよ」
すぐにお盆を持って戻ってきた吹雪くんは、片手で私の資料を端に寄せると、あいたスペースに置いた。
「えっ、これって…」
「食べたいって言ってたでしょ?」
お盆にのっていたのは2つのコンビニスイーツ。一つは抹茶プリンの上にクリームがのったもの、そしてもう一つはももとマスカットの2色ゼリーだった。CMでたまたま流れてたのを見て思わず呟いていたのを覚えていてくれたんだ。
「あれ、もしかして違った?」
吹雪くんは、驚きで言葉を発しない私に少し不安そうな顔をする。
「ううん、びっくりしただけ。ありがとう」
「なら良かった、どっちがいい?」
「うーん…」
滑らかそうなプリンも美味しそうだけど、二味楽しめるゼリーも捨てがたい。2つのスイーツに目を行き来させていると、戸棚から皿を2枚取り出した。
「決まらないなら両方半分こしよう」
「えっ、いいの?」
「もちろん、せっかくだし両方食べたいもんね」
カップから抹茶プリンを半分、ゼリーは二味同じ分量ずつになるように吹雪くんが分けてくれる。
「はい、どうぞ」
「ありがと、いただきます」
プリンを一口食べると、抹茶の苦味と程よい甘さが口の中でとろけた。
「おいしい…。プリンがいなくなった…」
驚くべきとろけ具合でなくなったプリンに思わず呟くと、隣で同じようにスプーンを口に運んでいた吹雪くんがふっと笑った。
「喜んでくれてよかった。頑張ったな、ゆき」
スイーツに負けないくらい甘い顔を吹雪くんがする。この顔、ほんとにズルい
「吹雪くんもお疲れ様」
良い子はもう眠る時間。でも、大人の夜はまだこれから。
「じゃあゆきからもご褒美もらわないとね」
「へっ?」
空になったプリンの容器。ゼリーはまだ残ってるけど後でもいいか。先に愛する彼氏にご褒美をあげないと。
そっと目を閉じると柔らかい感覚と共に甘い唇が降ってきた。


