スーッと頬を撫でる感覚に意識が浮上する。爽やかな柑橘系の柔軟剤の匂いに顔をうずめると、ふっ、と柔らかく笑われる。
暖かくて、心地よくて、ずっとこのままでいてくれないかな…。なんて思っていると、大きな手で頭を撫でられた。
「ゆき、そろそろ起きないと遅刻するよ」
ポンポンと背中を叩かれるけど、私は背中にまわしていた腕を強めて首を横に振った。
「ゆき、今日は朝から授業なんじゃないの?」
「んー、今何時?」
「…7時」
私の問いかけに彼氏の吹雪くんは少し間を置いて言った。7時、7時ねぇ…。
「……えっ!?」
私はガバっと飛び起きた。
「やばいじゃんっ!もうなんでー!」
私は準備も食べるのも遅いから最低でも6時半には起きないと間に合わないのに!
いそいそと手ぐしで髪を整えながらベッドを降りようとすると、私の腕を掴んでクツクツと笑われる。
「ちょっと吹雪くん!なんで笑うの!?もー」
「ゆき、ちゃんと時計見て」
そう言われてベットサイドにある棚に置いているデジタル時計を見ると6:15と表示されていた。
「へっ?」
思わず間抜けな声が飛び出た。これは、これは絶対…。
「吹雪くん!」
私がペシッと二の腕を叩くと、いたいな〜、と大げさに腕をさすった。そんなに強くたたいてないもん。また私をからかった。
吹雪くんは私をからかうのが好きだ。ちょっとしたいたずらをして、私の反応を楽しんでいるみたい。本当に悪趣味だと思うし、やめてほしいのに、あんまり嬉しそうに笑うものだからつい許してしまう。
「また騙された。そんなに怒らないでよ、ね?」
鼻を人差し指でツンと突かれて、完全に私をおちょくっている。
「吹雪くんの意地悪…、そんなことするとモテないんだよ!」
私はフィッと顔をそらした。実際、吹雪くんがモテないなんてことあり得ない。吹雪くんは高校で出会った2個上の先輩で、高身長に小さな顔、それもモデル並みに整った顔をしているから、学年問わず人気があった。そんな彼が私の彼氏なんだけど、クールな見た目とは想像もつかないほど甘い顔で私をからかう。
「俺は別にモテなくていいよ。ゆきからモテてればそれで十分だ。まぁ、なんでも信じちゃうのは考えものだけどね」
そんなとこもかわいいけど。余裕な笑みで言われてしまえば、自然と口元はゆるんでしまう。
「…吹雪くんはズルい」
「ん?」
「イケメンだし、優しいし…。許しちゃうじゃん」
私が言うと、形のいい唇が弧を描いた。
「ゆきの好きな顔に生まれられて、親に感謝しないとね。ほら、ほんとに遅刻しちゃうよ」
「遅れたら吹雪くんのせいだからね」
向かい合って話す私の肩に吹雪くんが両肘をおいで閉じ込めた。
「いいよ、俺が送ってくから」
そのほうがゆきと一緒ににいる時間が長くなって万々歳だからと笑う吹雪くんの太ももをペシッと叩いてベッドを降り、着替えを持って部屋を出る。
「ほんとかわいいな」
1人きりになった吹雪くんは閉まったドアを見つめて呟いたのを私は知らない。


