ピピピ、ピピピ
俺は無機質なアラームの音で目覚めた。
本当はアラームを止めて二度寝をしたかったのだが高校に入ってからはそうもいかなくなった。
重い体を起こし、布団を畳んで部屋の隅へと寄せるとそのまま俺は洗面所へと向かう。
鏡に映る自分の顔を見るととても16才とは思えないほど、酷くやつれていた。俺は夜遅くまでのバイトのせいだと俺は思い込んだ。ほかの可能性も頭をよぎったがそれについて考えるのはよくないと判断し、即座に思考停止モードへと移行する。
そのモードのまま、顔を洗い、歯を磨くと俺は台所へと向かい冷蔵庫からもやしとうどんを取り出す。料理は小学生のころにやったことがあるため何とか自炊できるレベルである。味の向上を目指そうとはしているものの、俺は飯は食えれば大丈夫という信条なのと時間的な問題の両方が重なりとくにレベルを上げようとは思わなかった。俺は飯は食えればそのまま適当に作り上げ、腹の中に搔っ込むと制服を着て玄関へと向かう。玄関には俺が中2のころから履き続けているスニーカーしかない。
もともと白であっただろうそのスニーカーは今はもうくすんで灰色になっていた。本当は新しいものを買いたいのだが高校生のバイト代と仕送りだけではなかなかに厳しかった。
くすんだ灰色のスニーカーを履き、玄関を出るとむわっとした空気が全身を覆う。
熱い。暑いのではなく熱い。
外は4月初旬だとは思えないほど暑かった。
暑いことに若干げんなりしつつも、俺は駅へと向かって歩いて行った。
幸いなことに自宅から駅へと向かう道には街路樹があるためほんの少しではあるが太陽の光を遮ってくれていた。
緑色の街路樹の中を歩いていると周りはいつの間にか桜の木になっていた。
「なあ、知ってる?桜の葉っぱって毒を持ってるんだぜ」
と前を歩く小学生くらいの男子の会話がきこえてきた。隣には同じ年くらいの女の子が立っていた。
だが、俺はその光景を見た瞬間思い出さされてしまった。必死に思考停止モードへと移すそうとするも、朝の時みたいにうまくいかない。俺はバクバクと脈打つ心臓を手で押さえながら、近くのベンチに移動し、耳をふさぐ。目をつむり、外からの情報を全て遮断しても思考停止モードへと至れない。どうしようもない俺はとりあえずそのまま、ベンチに座って外からの情報を遮断するしかなかった。


あれは去年の今頃のことだった。
俺は妹の柚葉と一緒にピアノ教室へと向かっていた。
当時の柚葉は小学校4年生でありながらも世界的なピアニストにになること間違いなしと言われるほどピアノがうまかった。
両親は俺よりも才能がある柚葉ことをとてもかわいがっており、何かと俺と比較をしてきた。
柚葉という太陽に比べれば俺は豆電球程度の輝きしか出せない俺は両親に嫌われた。その日から俺は両親からごみを見るような目で睨まれた。そしてそれらの仕打ちはだんだんとヒートアップし、いつしか俺は存在しないものとして扱われ始めていく。
両親らは、料理や選択といった家事全般をすべて俺に押し付け、自分たちは柚葉と一緒に世界的ピアニストとの食事や練習などに参加し、帰ってきたら風呂を沸かせと怒鳴り俺はそれに従った。いや、従うしかなかった。
両親に反抗的な態度を見せた瞬間俺は叩かれるから。両親は一度俺のことを叩き始めるとひたすらに叩き、俺に罵詈雑言を浴びせてくる。もはや叩かれる痛みよりもそこまで息子を叩くことのできる狂気じみたその行動が怖かった。一度たたかれると寝ていた妹の柚葉が辞めてというまで叩かれ続ける。
柚葉は着る洋服や食事など隅から隅まで一流の品物を買い与えていた。柚葉が欲しいと言ったものは全て買い与えられたし、行きたい場所があれば親は喜んで連れて行った。俺は当然のように家に残らされていく。
自分に比べれば大した実力もない兄のことを柚葉は優しく接してくれる。
そんな柚葉のことを俺は愛してたし、柚葉も俺のことを好きでいてくれた。
一時期本気で死ぬことを考えていた俺にとって柚葉は俺が生きる唯一の理由だった。
そんな柚葉のために俺はトランプのマジックを練習して披露したり、柚葉の好きな料理を作ってみたり。
たとえマジックが下手だとしても柚葉はわらってくれたり、多少失敗した料理もおいしいと言って食べてくれたりした。
その瞬間に見せる柚葉の笑顔のためだったら俺は何でもできると思っていた。
この瞬間が永遠に続いてくれたらいいのにと俺は願った。
でもそんな俺の願いを神様はあざ笑うかのように現実は残酷だった。