大嫌いなパイロットとのお見合いはお断りしたはずですが

 それはたとえば、朋也がふいに笑ったときや、彼の声の輪郭が丸みを帯びて聞こえるときに起こった。
 その変化が釈然としないから、よけいに困惑してしまう。
 頭を殴りつけるような甘い声が耳に届いたのは、そのときだった。 

「沖形さん、今日こそは必ず参加してくださいね。来てくださるまで、待っていますから」

 ねっとりと絡みつくような声には覚えがあった。美空が朋也に食ってかかるきっかけとなった、CAの女性のものだ。
 美空は首を反らして団体客の向こう側を見やる。彼女の隣には、予想どおり朋也の姿もあった。
 ふたりとも背が高いので簡単に見つけられる。

「騒がしいのはお嫌いですか? 私も実は苦手なので、途中で一緒に抜けだしませんか? それなら沖形さんも楽しめますよ――」

 朋也の声は聞き取れないが、彼を誘う声はさらに粘ついた艶を帯びていく。前回はつれない態度を取られていたが、懲りていないようだ。
 なぜだか不快感が喉元までこみ上げたとき、途切れた団体客の列の向こうに、朋也と彼に寄り添うCAが目に入った。
 紺色の制服に包まれた、見事なプロポーション。口紅はまるでキスを待ち受けるかのごとくきっちりと引かれ、猫目はマスカラとアイシャドウで強調されて五割増しに大きく見える。
 美空はたまらず一歩あとずさった。
 瞬間、朋也と目が合った気がする。美空は慌てて柱の陰に身を寄せた。CAはなおも朋也を執拗に誘っている。

「――わかった、行くよ」

 その返事だけは、雑踏を割ってまっすぐ美空の元に届いた。
 耳を疑った。
 美空を呼びつけたのは朋也のほうではないか。あの約束はなんだったのだろう。
 朋也の口調が以前と違い、角が取れていたのも妙に胸を引っかく。
 CAが朋也にしなだれかかった。角砂糖を丸のまま口に入れたような、ざらりとした甘さが胸の内側にこびりつく。
 これが『見せたいもの』だろうか。

(こんなことしなくったって、あなたとわたしは単なる同僚じゃないですか)

 急いで空港に来たときよりも、よほど脈が乱れた。
 気がつけば、美空は踵を返していた。