大嫌いなパイロットとのお見合いはお断りしたはずですが

 前置きもなにもないのは、パイロットとしての使命が優先だからだろう。時間を無駄に使うことはしない。落ち着いていて、頼もしい声。
 短い言葉でも、胸が詰まった。
 美空は今ようやく、ディスパッチャーが「地上のパイロット」と呼ばれる理由を理解できた気がした。湿った声にならないよう、細心の注意を払う。

「まだ油断しないでね」
「わかっている。AP476, これより高度二万八千フィートを維持し、中部国際空港に向かいます」
「AP476, ……気をつけて」
「Good night、また明日」

 通信を終えると、驚いた様子の瀧上と目が合った。
 はっとして目尻を拭うと、ほんの少し濡れている。自分で思っていたよりも、不安だったらしい。急に羞恥が膨らんで、美空は笑ってごまかした。
 でももう心配ない。
 朋也との再会は予定よりも遅れることになったが、彼があの自信に満ちた顔で美空の前に現れるのは、間違いなかった。
 


「まさか、中部ー羽田便に乗れないとは思わなかった」

 翌日の昼前、空港ターミナルの展望デッキにやってきた朋也は、前日の悪天候が嘘のように晴れ渡った空の下で顔をしかめた。
 手には、乗務の際に持ち歩くフライトバッグ。帰宅する前に立ち寄ってくれたようだ。
 今日の朋也は、黒のロングコートを始め、全身黒のコーディネートだ。出会った当初であれば、クールな顔立ちと相まって怯んでいたかもしれない。
 しかし昨日の疲れも見せずに笑う姿からは、以前には見られなかったやわらかさがにじみ出ている。
 美空はフェンスから離れ、朋也に駆け寄った。

「おかえりなさい。名古屋でオフを過ごしてきてもよかったのに。すぐの移動じゃ疲れるよ」
「美空の顔を見て回復させるからいいんだ」

 強い風に、美空の髪がなびく。朋也が手を伸ばして美空の髪を耳にかけた。
 自然と顔が赤らむ。美空に会うために急いでくれたのかと思うと、面映いのと同時にくすぐったい気分だった。