大嫌いなパイロットとのお見合いはお断りしたはずですが

「沖形さんの努力の出番は……なさそうです」
「それはよかった。じゃあ、名前で呼んでみてよ」

 とたん、口に入れた真鯛のポワレの味がわからなくなった。柚子胡椒を利かせた、焦がしバターの風味が鼻をくすぐったはずなのに。
 鼓動が大きな音を立てる。
 硬直した美空の頬を、やけにゆっくりと指の背が滑っていく。顔が赤らんだ。

「と……朋也さん」
「さん付けは距離を感じる。呼び捨てがいいな。敬語も禁止ね」
「わかりまし……わかっ、た。と、朋也……?」
「はあ……その声に上目遣い。美空はさしずめ無垢な悪女って感じかもね」
「それって褒め言葉じゃないですね……?」
「褒め言葉だよ。ただ、陥落させるのは俺だけにしてほしいけど」

 朋也の目が甘い熱を帯びていく。
 それがなによりもたしかな恋人の証に思えて、美空はそっと幸せなため息をついた。
 


 夜九時。滑走路は二十四時間運営でも、飲食店の大半は閉店する。
 満腹というほどではないが、さらになにか食べたいというほどでもない。そんな心地よさで店を出ると、先に出た朋也が顔をしかめた。

「ウィーン土産を渡すつもりで、家に忘れてきた。たしかあれ、日持ちしなかったよな……」
「わたしに? わあ、すごく嬉しい。今からもらいにいってもいいですか……じゃなくて、もらいにいっていい?」

 店の中でも練習したはずが、まだ口調を崩すのに慣れない。何度も繰り返された「言い直し」に、朋也が苦笑する。

「もちろんいいよ、来て。……けど、お土産を渡すだけですむかな」
「え? ほかにもなにか?」

 朋也は返事の代わりに目元をやわらげて、美空の背中に手を添えた。