カラフル

 及川先生は私のお願いを聞きながら、眼鏡越しに小さな目を丸くする。そして、諭すように優しい声で語り始めた。

「残念ながら一ノ瀬さんのお願いには応えられません」

「え……」

「個人的には力を貸したいのは山々ですが、ルールなんです。パネル審査は、一応私が審査員長を務めることなっているので。特定の団にだけ力添えすると公平でなくなりますから、制作過程で口は出さないようにって」


 そうだ。美術の先生が審査に関わらないわけがない。うっかりしていた。


 思わずため息を漏らす私に、先生が優しく微笑む。

「残念ながら助言はできませんが、過去の先輩たちが作ったパネルの写真でよければお貸しできますよ」

「本当ですか?」

 急に体勢を変えたので、カップに入ったコーヒーがユラユラと波打った。落胆していた心に希望の光が差し込む。


「明日までには用意しておくので、また取りに来てくれますか?」

「ありがとうございます」

 残っているコーヒーを一気に飲み干すと、「そのままにしておいてください」という言葉に甘えて、空のカップをテーブルの端に置いて立ち上がった。


「一ノ瀬さん」

 ドアに手をかけた私を、先生が呼び止める。

「はい?」

「何かありましたか?」

「何かって……?」

 漠然とした質問内容に何を答えたらよいのか分からずに言葉を繰り返す。


「なんだか変わったなと思いまして。あ、もちろん悪い意味ではなく、良い意味で。あなたが責任者になったと聞いたとき、正直驚きました。以前のあなただったら、共同制作なんて絶対に引き受けなかったでしょう?」

「……確かに」

 苦笑いを浮かべる私を、及川先生が真っ直ぐに見つめる。


「きっと何か素敵なことがあったんですね」

 やっぱり不思議な人だ。一体何をどこまで知っているのだろう。

「……かもしれません」

 曖昧な返事をすると、及川先生は目を細める。


「パネル責任者、頑張ってくださいね」

 そのエールに応えるように深く頭を下げて準備室を後にした。