カラフル

 もうじき還暦を迎えるという及川先生は、その白髪交じりの髪を一切染めていなかった。カップを持った手や、のんびりと微笑むその顔にも皺が深く刻まれている。学校という場所で出会わなければ、もっと年老いても見えた。


 視線を落とすと、先生の向こう側にあるキャンバスが目に入った。机の上に絵の具が散らばっているのを見て、作品を描いている途中だったみたいだと気付く。

 この絵は外国の風景だろうか。


 穏やかな性格で、生徒からは「及川のじいさん」なんて好き勝手に呼ばれているが、この人の描く絵はそんな人柄に相反して力強いものが多かった。この絵もまるで一筆一筆に強いメッセージが込められているような、そんな絵だった。


 油絵をぼんやりと眺めながら、一体何から切り出そうかと頭を悩ませる。でも意外にも先に口を開いたのは先生の方だった。

「聞きましたよ。一ノ瀬さん、体育祭のパネル責任者になったらしいですね」


 口に含んだコーヒーを危うく吹き出しそうになる。

 情報が早すぎる。LHRが終わってからまだ15分も経っていないというのに。


「誰に聞いたんですか?」

「秘密です」

 先生が口元に人差し指を当てて小さく笑う。

 相変わらず不思議な人だ。校内にスパイでも雇っているのだろうかと勘繰ってしまう。

 でも、知っているなら話が早い。


「実はその件でお願いがあって来ました。私は美術部の部員でもないし、ただ美術を選択しているだけなので、虫のいい話だと分かってはいるのですが……パネル制作のご指導をいただけませんか」


 いくらいつも絵を描いているからと言ったって、パネル制作なんてしたことがない。誰かに見せるための絵なんて描いたことがない。

 だから助言をもらったほうが賢明だと判断したのだ。絵の助言をもらうのならば美術の先生だろうと思い、ここを訪れた。