カラフル

 数年前の記憶を遡ってみるけれど、ちっとも心当たりはない。

 本当は会ったことなんてないんじゃないか、彼の勘違いじゃないか、と疑い始めたときだった。


「その感じやと覚えてないよな。俺、昔、成木(なりき)中に通ってたんやけど」

「……成木中?」
 
 彼の言葉を聞いて、血の気が引いていくのが自分でも分かった。動揺を隠そうと、掌を強く握りしめる。


「凛ちゃんさ、よう近くの河原で絵描いとったやんな?」
 
 彼はそう言って、得意げに口角を上げる。


 成木中。

 近くの河原。

 ――そうか。この人は3年前の私を知っているんだ。


「……描いてたよ」

「やっぱり! 喋ったこともあんねんけど、覚えてへん?」

 人の気も知らないで、彼は顔に喜色を浮かべる。


 頭を振る。噛み締めた唇から鉄の味が広がっていく。


「ねえ」

「ん?」

「話ってそれだけ? ……もう行ってもいい?」

「え? あ、ちょっと」

 返事も聞かずに駆け出した。

 校舎の片隅で、彼が追いかけて来ていないことを確認してから立ち止まる。立ち止まってはじめて、自分の指先が震えていることに気付く。


「……なんで」

 たったあれだけの会話で3年も前のことを思い出して、動揺している自分がただただ惨めで情けなくて仕方なかった。