カラフル

 先に折れたのは私だった。

 溜め息を吐いて視線を外す。

 ただ面倒だった。早く解放されたかった。このままでは埒が明かないと思い折れることにしたのだ。


 約束通り、彼の手がゆっくりと手首から離れていく。

「何なの? クラスの人気者が私に話って」
 
 皮肉たっぷりに、落ちた荷物を拾い上げながら言い放つ。


 幸い筆箱のチャックは半分閉まったままだったので中身が散らばることはなかった。


「凛ちゃんさ、俺のこと覚えてへん?」

「……今日転入してきた人でしょ」

 いくら自己紹介を適当に聞き流していたとは言え、こんな質問をしてくるなんて、私のことを馬鹿にしているのだろうか。イラっとして威圧的な口調で返答をする。

 
「いや、合っとるけど、ちゃうねん。そうやなくって……」

 私の強い口調に押され気味になって、彼は言葉を詰まらせる。


「俺な、中学ん時も、ちょっとだけこっちに住んどったんや」

 苦笑いを浮かべる彼の顔を見て、ようやく質問の意図を理解する。


 彼が私に聞きたいのは今日のことではなく、以前会ったことを覚えてないかという意味か。

 
 一体どこで会ったというのだろう。

 同じ中学校だった? ――いや、そんなはずない。


 彼くらいの容姿の人間が同じ学校にいたら、いくら私でもきっと名前くらいは知っているはずだ。たとえ私が知らなくても、蘭が知らないはずはない。

 しかし、休み時間に私のところにやってきた蘭は、「噂どおりだったね」と、こそっと私に声を掛けてきただけだった。

 それに教室で目にした蘭や彼の様子から判断しても、2人は間違いなく初対面のようだった。