悲しいことの続いた翌年には、二の宮様が袴着、女一の宮様が裳着、帝の異母弟である三の宮様が元服と、おめでたい事が続きました。 しかし、三の宮様が中務卿となられるやいなや、朱雀院が出家を果たして法皇となられました。 そして翌年には、中務卿宮と幼い姫宮のことをくれぐれも頼むと帝や左大臣様に頼まれて、六十一歳で崩御あそばしました。