翌年には一の宮の袴着の儀が執り行われ、東宮につけるとの宣下が下りました。
世間の人々は、左大臣家そっちのけで右大臣家におもねるのですが、右大臣様はあくまで左大臣様を立てなさるのが、本当に素晴らしいのです。
お二人の敵対関係が和らいだのは、当時女御であった中宮様が一の宮を出産なさった頃ですが、いったい何があったのかと、人々は首を傾げています。
翌年には、帝の異母兄であり皇后様のお父君・入道の宮様が、四十二歳で亡くなりました。
仏道修行に専念していらしたので、きっと来世で紅葉の上と再会を果たされただろうと思われます。

