いつも君のとなりで


「実はさぁ、昨日三年付き合った彼氏にフラれたの。お前は俺より給料貰ってるから一人で平気だろ?って。あとは、もう女として見れなくなったって言われて、、、。確かに、三年付き合ってはいたけど、恋人らしいことをしてたのは最初の一年だけで、あとはたまにうちにご飯食べに来るくらいで、恋人らしいことは何もしなくなってた。それでね、最終的に言ってきたのは"好きな人が出来たから"だって。」

わたしはそう語ると、フッと鼻で笑い「わたし、浮気されてたんだよ。全然気付かなかった。馬鹿みたい。」と言い、レモンハイをグイッと飲んだ。

すると、ずっと黙ってわたしの話を聞いていた糸師くんが「随分、勝手な元彼さんですね。」と呟き、運ばれてきた生ビールを店員さんから受け取っていた。

「まぁ、上手くいってたわけじゃなかったから、フラれたのは仕方ないと思えたんだけど、、、これ、ずっと秘密にしてたんだけど、その元彼って会社の人間でさ。」
「あ、そうだったんですか?」
「人事部の田岡広人って分かる?」
「あぁ、田岡チーフですよね?田岡チーフが元彼なんですか?」
「そう。そしたらさ、別れた途端、同じ人事部で半年くらい前に入社した年下の子と朝から出勤して来て、仕事中も仲良さげなとこ見せつけられて、、、浮気相手ってこの子だったのかぁ〜って。」

わたしはそう言い、おしぼりを握り締めた。

手に汗が滲んでくる。
こんな自分が嫌だ、、、何で、汗なんて出てくるの。

「最低ですね、田岡チーフ。」
「何より、偶然二人の会話を聞いちゃって、わたしをフッた広人の本音を聞いた時はショックだった。」

わたしはそう言うと、おしぼりを握り締めていた手を開き、糸師くんに手のひらを見せた。

「わたし、多汗症ってゆう病気なの。普通の人より大量に汗をかいちゃう病気で、わたしは重度の方だから、黙ってれば滴り落ちてくるくらい汗をかくの。」

そう話している内に、みるみると汗が滲み出てきて、手のひらが汗で光り、そのうち手首の方に汗が流れてきた。

「ほら、凄いでしょ?広人は、、、これが気持ち悪いって言ってた。付き合う時にちゃんと説明した時は"気にしない"って言ってくれたけど、、、結局は気持ち悪いって思われてたんだぁって思ったら、悲しかった。」

そう言って、わたしが手汗を拭こうとすると、糸師くんが「手、触ってもいいですか?」と訊いてきた。

「え、、、気持ち悪いよ?」

わたしはそう言ったが、糸師くんは「失礼します。」と言い、わたしの手のひらに触れてきた。

そして「病気なら、仕方ないじゃないですか。松雪主任は何も悪くないです。それに、、、こんなに汗をかくなら、生活に支障がありますよね?大変な病気ですね。」と言い、糸師くんはわたしの手のひらに触れながら、滴る汗を見つめていた。

"大変な病気ですね"

そんなこと、初めて言われた。

"ただ汗をかくだけでしょ?"と、なかなか理解されない病気。
それを"大変"と言ってくれたのは、糸師くんが初めてだった。

嬉しかった、、、もしそれが、その場しのぎの言葉だったとしても、嬉しかった。