先生の愛人になりたい。【完】

 大学に合格した春、私はようやく「先生」に手紙を書いた。

 宛先は知らない。出すつもりもなかった。

 ただ、書きたかった。
 “今の自分”を、あの人に伝えたかった。



 ──先生へ。

 元気ですか?
 あのとき、最後に会ってから、季節がいくつも過ぎました。

 私は、ようやく前に進めそうです。

 あのときの約束、覚えていますか?

 「逃げない」って言ってくれた先生の背中が、今の私の道しるべになっています。

 私も、逃げません。

 先生のように、誰かの人生を変えるような人になりたいです。

 きっと私は、あの教室で、先生の言葉と、ぬくもりと、まっすぐな瞳に救われた。

 あの恋が、人生で一番大切な時間でした。

 先生のことを、愛していました。

 そして、今も──愛しています。

 でも、それはもう“依存”じゃない。

 “感謝”と“尊敬”と“希望”に変わった愛です。

 だから、どうか、先生も自分を責めずに、生きてください。

 どこかで、また会えるといいな。
 きっと私は、すぐにわかります。

 世界にひとつしかない、先生の背中を──。

 本宮 未来



 手紙を書き終えた私は、それをそっとノートの最後のページに挟んだ。

 あの人の書いた文字の隣に、自分の言葉を重ねた気がして、涙が止まらなかった。



 数日後、大学の入学式があった。

 新しい制服、新しい校舎、新しい人たち。

 先生のいない世界に、私は確かに“足を踏み入れた”。

 でも、寂しくはなかった。

 胸の奥に、先生の記憶があったから。

 私の“初恋”は、終わった。

 だけど、あの恋は、ずっと私を生かしてくれる。



 春の風が吹いた。

 桜が舞うキャンパスの坂道を、一歩一歩、私は登っていく。

 その先に、また新しい出会いがあるかもしれない。
 涙も、笑顔も、喜びも、痛みも――全部、私を育ててくれる。

 そして、いつか、私もまた、誰かにとっての“先生”になる。



 ふと、携帯に一通のメールが届いた。

 差出人不明。

 本文は、たった一言だった。

「俺も、生きてるよ」



 私は、笑った。

 涙をこらえながら、空を見上げた。

 「先生、ありがとう」