君の世界は眩しかった。【完】

放課後、美術室の窓から見える夕焼けが、絵の具をこぼしたように滲んでいた。

「ねえ、今日も描いてる?」

声に振り向けば、やっぱりそこには一花がいた。
誰にも気づかれないように、そっとドアを閉める仕草が妙に慣れていて、僕はなんとなく笑ってしまった。

「そんなに来て……飽きないの?」

「ううん、むしろ癒し。ここだけ、時間がゆっくり流れてる気がするから」

そう言って、彼女は窓辺に腰掛ける。
制服のまま、脚を組むでもなく崩すでもなく、どこか大人びた座り方だった。

「今日ね、三男がまた熱出しててさ。家、ぐっちゃぐちゃ」

ポツリとこぼしたその言葉に、筆を持っていた手が止まる。

「……三男?」

「うん。弟、三人いるんだ。父子家庭でさ。私が全部やってるの、家のこと。料理、洗濯、掃除、弁当、宿題……小さい母親みたいなもん」

それを、冗談みたいに軽く言う一花の声は、でもどこか遠かった。

「毎日、誰かの世話して、泣かれて、怒られて、褒めて、慰めて。
それでも明日は来るし、弟たちは待ってるし。……夢なんて見てたら、追いつかないよね」

笑ってるのに、その横顔は泣きそうだった。

言葉が出なかった。

僕の毎日とはまるで違う世界に、彼女は生きていた。

何か言いたかった。でも、何を言っても“軽い”気がした。

「でも、やめたくはないんだよ。夢見るの。苦しくても、悔しくても。
……あの子たちに“夢は無駄だ”なんて、絶対に思わせたくないから」

一花の声が、夕焼けの光に揺れた。

「ねえ蓮くん。もしさ、もし何かひとつだけ願いが叶うとしたら、何を願う?」

その問いに、僕は少し迷って、でもすぐに答えた。

「……君が笑っていられること」

彼女は目を見開いたまま、しばらく黙っていた。

「……それは、ずるいなあ」

ぽつりとそう言って、彼女はゆっくり目を伏せた。