君の世界は眩しかった。【完】

教室という場所が、昔から苦手だった。

賑やかな笑い声。誰かが誰かを呼ぶ声。何気ない会話や、机の落書き。
そこに僕の名前が出てくることなんて、まずない。
気にしてない。──気にしてない、つもりだった。

「蓮くんって、なんか……いつも静かだよね」

隣の席の女子が、消しゴムを貸してと言ったついでのように、そんなことを言ってきた。
「うん」とだけ返す。
必要最低限の言葉で、僕はまた手元のノートに視線を戻した。

ノートの端に描いていたのは、白い花の絵だった。名前は知らない。
昨日の帰り道に道端で見かけて、なんとなく印象に残っていた。

白い花は、きっと誰にも気づかれないまま、誰にも踏まれずに咲いていた。
……まるで僕みたいだ、なんて、安っぽい例えが頭をよぎる。

その日も、放課後の美術室に向かった。
僕の居場所は、きっとここだけだったから。

静まり返った部屋に足を踏み入れた瞬間、
ふと、見慣れない背中が目に入った。

長い黒髪が光を弾いている。制服のスカートが椅子に揺れて、
彼女は僕の絵を見ていた。

その瞬間、僕の時間が少しだけ止まった。

「この絵、君が描いたの?」

振り返った彼女は、笑っていた。
まるで春の光みたいな笑顔だった。