君の世界は眩しかった。【完】

「将来、何になりたいの?」

ある日、一花がそう尋ねたのは、まるで空を見上げるような口調だった。

美術室の窓辺で、いつものようにふたりきり。
その日、彼女は制服のまま、スケッチブックを膝に置いて僕の描く手元を見ていた。

「……絵を描いていたい。できれば、ずっと」

「美術大学、行くの?」

「行けたら、ね」

「行けるでしょ。こんなにうまいのに」

「うまいからって……行けるとは限らない」

彼女は僕の言葉に、少しだけ眉をひそめた。

「……なんかさ、それ、ちょっとズルいよ」

「…ズルい?」

「“どうせ無理”って思ってるの、自分だけでしょ。
誰かに否定される前に、自分で諦めちゃうのって……ほんとは、逃げじゃない?」

図星だった。

僕は昔から、“望むこと”が怖かった。
期待すれば失望する。それを何度も繰り返してきたから。

だから、初めから望まないようにしてた。

「でも、私も逃げてるのかも」

一花がそうつぶやいたのは、ほんの独り言のようだった。

「私、ほんとはね、舞台に立ちたいんだ」

「……舞台?」

「小さい頃から演技が好きだったの。誰かになりきって、違う世界を生きるのが。
だけど……そんなの、家のこと考えたら現実的じゃないし」

言葉が続かなくなる。彼女の瞳が、少しだけ濡れていた。

「夢ってさ、叶わなかったらすごく苦しいじゃん。
でも、叶えようとしたら……もっと苦しいんだよね」

一花の言葉が、胸に深く染みこんでいく。

“夢は、誰かの犠牲の上に成り立つ”。
彼女の家庭を思えば、その現実はあまりにも重たかった。

「……それでも、君が舞台に立ったら、きっと誰かの希望になると思う」

その言葉に、一花は少しだけ目を見開いた。

「私が、誰かの希望?」

「うん。僕は、君がここに来てくれるだけで、何度も救われたから」

一花は、何も言わなかった。
でもその目は、まっすぐに僕を見ていた。

言葉よりも、深い感情がそこにあった。