愛ゆえに。【完】

その日、優羽は熱を出した。
撮影もリハもキャンセルされ、私は彼の部屋に泊まることになった。

「看病なんて、悪いな。自分でできるのに」

「いいんです。放っておけませんから」

弱った優羽は、いつもより幼く見えた。
額に手を当てた時、その温度に触れた瞬間、涙が出そうになった。

こんなに近くにいるのに、私はまだ、
あなたの心に触れられていない――

「……乃亜ちゃん」

ベッドから手を伸ばされた。
私はその手を、反射的に握ってしまった。

温かくて、柔らかくて。
それだけで胸がいっぱいになった。

けれど、彼の目には、別の誰かが映っていた。

――この手は、あの日、私を救った“誰か”の手に似てる。

「……ごめん、違う人と間違えた」

優羽はそう呟いて、眠りに落ちた。

私はずっと、その手を握ったまま泣いた。
愛している人に、愛されることのない痛みを、静かに味わいながら。