私は、兄を殺した。
人を殺すなんて、ドラマの中だけの話だと思っていた。
自分がそんなことをする人間だとは、微塵たりとも思ってもいなかった。
でも、あの日。
兄のパソコンの画面に映ったスレッドを見たとき、私の中の何かが切れた。
「死ねよ、あんなやつ。どうせ枕営業で売れたんだろ?」
「演技も顔も薄い。信者キモすぎ」
「もうすぐ消えるよ、あいつ」
それは、私の大好きな推し…如月優羽に向けられた悪意だった。
「嘘でしょ…、なんで…っ!!!」
書き込んでいたのが兄だと気づいた時は、流石に世界を疑った。
「ねぇ、お兄ちゃん…?!」
震える手で兄のスマホを奪い、問い詰めた。
「嘘だよね?!これ、他の人でしょ?お兄ちゃんじゃ、ないよね…?!」
でも兄は笑っていた。
「え、バレた?冗談冗談。本気じゃねーし」
「お前、如月優羽好きすぎるだろ。マジで洗脳されすぎだって」
そう言われた瞬間、私はキッチンに向かっていた。
自分でもよく覚えていない。包丁が手の中にあったことも、兄の心臓にそれを突き立てたことも。
ただ、気づけば兄の身体は動かなくなっていて、私は血の海の中で立ち尽くしていた。
「大丈夫……大丈夫……私は推しを守ったんだ」
「私があなたを、守ったんだから……」
――推しを守るために兄を殺した少女の、歪んだ愛の物語は、そこから始まってしまった。


