夜明け前、鈴の定期検診に向かう病院の廊下で、蓮は深いため息をついた。
「今日は大事なレースの日なのに…」
彼の胸には、暴走族「夜葬」が主催する市街地一周のタイムアタック出場の約束があった。しかし鈴の次の治療が、その日午後に組まれていると聞かされている。

診察室の扉を開けると、鈴はベッドで弱々しく笑った。
「行ってきていいよ。約束したもんね?」
透き通るような声に、蓮の胸は締め付けられた。彼女は自分のためにと、いつもの頑張り屋らしく背中を押す。

「レースを取るか、お前を取るか――なんて選択、俺にはできねぇ」
蓮はヘルメットの内側を撫でながら呟く。鈴はそっと手を伸ばし、彼の手を包んだ。
「蓮が選ぶのは、私じゃなくて“未来”だよ。二人の未来を信じて」

その言葉を胸に、蓮は夜葬のメンバーたちの待つガレージへ向かった。
エンジンを吹かす指先は震えながらも確かだった。
「俺は約束を守る。お前との未来のために、必ず戻ってくる――」

ヘッドライトが闇を切り裂き、約束の先へとバイクが走り出す。
夜空に浮かぶ月は、二人の誓いを静かに見守っていた。