放課後の保健室。窓から差し込む橙色の光が、白いベッドの上に横たわる白鷺鈴の頬を淡く染めていた。授業中のざわめきが遠くにこだまする中、彼女はいつものように視線を落とし、胸の奥にひそむ痛みを押し隠している。

「……大丈夫か?」

背後から低く響く声に、鈴は驚いて顔を上げた。そこには花城蓮――夜葬の総長らしからぬ、真剣な眼差しがあった。

「別に……ただ、息が苦しいだけ」

鈴は淡々と答え、手の甲でそっと胸元を押さえる。胸に走る鈍い痛みは、いつもより強く、そして重かった。

蓮は無言でバッグから小さなペットボトルを取り出し、そっと鈴の手元に置く。透明な水面が揺れるたび、鈴の瞳にも微かな光が宿った。

「飲め。無理すんな」

その言葉は命令ではなく、ただの気遣いだった。鈴はしばらく躊躇したが、指先でボトルのキャップを回し、一口、また一口とゆっくりと水を飲む。

沈黙のなか、鈴の胸に幼い日の記憶が蘇る。白い天井、消毒の匂い、ベッドサイドに立つ母の不安げな横顔。

いつも病室から見上げるだけだった外の世界――今、同じ橙色の光を保健室で浴びている自分が、不思議に感じられた。

「お前、ひとりで抱えすぎだろ」

蓮の声が、再び静かに響く。鈴はぎゅっと目を閉じ、震える唇をかんだ。

「……私は、誰にも迷惑かけたくないだけ」

その声はか細く、しかし確固たる意志を秘めていた。

蓮はため息をつき、椅子を引いて隣に腰かける。窓の外、夕焼けは深い紫へと移ろい始めていた。

「迷惑だなんて……そんなこと、俺が許すわけねぇだろ」

蓮の言葉には、不器用ながらも確かな温もりがあった。鈴の胸に、小さな灯がともる。

二人の距離はまだ遠い。それでも、確かに何かが動き出していた。