その日、病院の空気はどこか張り詰めていた。
白い天井、静まり返る廊下、ナースたちの声すら遠く感じる。
鈴の手術は、朝から始まり、8時間に及ぶ予定。蓮は、病院の待合室で無言のまま椅子に腰を下ろしていた。

ポケットに入れていたペンダントが指先に触れる。
あの日、峠で鈴が言った言葉が、何度も頭をよぎる。

「ずっと一緒に光の先へ行きたい」

蓮は目を閉じ、深く息を吐いた。

そこへ現れたのは、副総長の轟。

「……こんな静かな蓮、初めて見た」

蓮は短く笑い、ぼそりと呟いた。

「全部、置いてきた。バイクも、夜葬も…鈴の隣にいるって決めたから」

轟は煙草を取り出しかけてやめ、ポケットに戻した。

「帰る場所があるやつが一番強え。俺はそう思うぜ」

その言葉に、蓮はゆっくりと立ち上がった。

手術室のランプが「手術中」から「処置中」に変わったのは、夕陽が沈みかけた頃だった。

そして数分後——

医師がゆっくりと扉を開けた。

「手術は無事に終わりました。まだ意識は戻っていませんが…安定しています」

蓮は、その場にへたりこみそうになる身体を必死に支え、病室へと向かった。

白いベッドの上、静かに眠る鈴の隣に腰を下ろし、彼女の手を握る。

「おかえり、鈴」

そう囁いた蓮の瞳には、もう迷いはなかった。

夜明けの約束は、確かに守られた。