インターホン越しに聞こえた声はまだ発展途上で幼さが残っており、酷く甘えたような声だった。
その声にはなにかがあり、人を簡単に声だけで信じ込ませてしまえるような、ただそれだけのいたって普通の青年の声だ。
インターホン越しに見える姿は、首から手のひらあたりまでぐるぐると包帯で巻き付けられていた。
初めに目に止まったのは、それくらいだった。ほかは至って普通のワイシャツに、くるぶしくらいまである紺色のズボンを履いていた。
制服だろうか。
包帯の他に気になるところといったら、少しうねりのかかっている、全く手入れのされていないと思われる源氏鼠色の髪くらいだった。
街中ですれ違った程度なら、気にもとめないだろう。
だが今は深夜。そんな青年が呼び鈴を鳴らしているという事実に氷華はたいへん驚いていた。
ーー道に迷ったと言ったのか、この少年は。
こんな時間にもかかわらずだ。ーー
疑問に思いたがらも、迷ってしたったのであれば仕方がない。
ここの区画はだいぶ複雑な道でできている。
初めてここに来た人は分かりっこなく、本当にこちらであっているのかと不安になるような、歪な道路を歩かないと警察署にはたどり着けない。
それにしたとしてもである。こんな時間に起こされて、氷華はすこぶる機嫌が悪かった。
氷華はスリッパを乱暴に履き、ノロノロと玄関へ向かい、玄関の鍵とチェーンを外し、玄関扉を開ける。
「お待たせしてしまい、すみません。警察署でしたら、スマホの地図を見ながらの方がわかりやすいかもしれません。スマホ、お持ちですか?」
あれほど機嫌は悪かったものの、氷華は幸いながら、最低限の礼儀は持ち合わせている。
こんな夜遅くに待たせずにすぐ出れる方がおかしいだろう、と氷華は内心悪態をつきながらスマホの所用の有無を確かめる。
青年は、少し困ったような顔をして
「すみません。スマホは持ち合わせていなくて。」
と、衝撃の事実を告げる。
この時代にスマホを持っていない学生はいるのだろうか。否、相当な理由がないと持っていないなんてことは無い。
ーーもしかして家出青年なのかこの青年は。ーー
怪訝に思いながらも、出会って間もない氷華に、深入りされても困るだけだろうと思い、
「それでは、私のスマホで説明しますね。少し、待っていてください。」
と言い残し、スマホを持ってこようと玄関扉のノブに手を伸ばす。
本当はこのまま、玄関扉を閉め、ダイニングテーブルに置いてあるスマホを取り、戻ってくるはずだった。
あろうことかその時、青年が半歩ほど前に出て、腕を中途半端な高さまで腕を伸ばした。
どうしたのだろうと思う間もなく『カシャ』と、どこかでシャッター音がした。
一瞬喉が詰まる。なにか声を出そうとしても、喉が異常な程に乾ききっていて『ヒュッ』という乾いた音しか出ない。
また、青年が動き出す。氷華から見て右奥の、金属でできている柵の方へと歩き出す。
氷華の家はマンションの3階。柵の向こうには、また別の、氷華の住むマンションよりもずっと新しく、洒落ている、比較的年齢層も低いマンションが建っている。
柵の手すりには、黒い長方形の形をした箱が持たれかかっていた。
それに青年が手を伸ばす。何かと思い目を凝らすとその正体がわかる。スマホだ。
「みてみて、おばさん、よく取れているでしょう?」
そう言い青年が、無邪気に見せてくるのは、当然写真だった。
その写真は、いかにも氷華が、無理やり青年の腕を引き、家に連れ込もうとしているようなものだった。
勿論、真実は違う。
氷華がドアのノブに手をかけようとしている時、ノブと手の間に挟まるようにして青年が腕を伸ばしてきた。ただそれだけ。
角度的にそう撮れてしまっただけである。
青年がスマホを持っていないというのも、もちろん嘘だったのだ。
青年は眉を上げ、目を細めて淡々と言う。
「これ、SNSにあげたら、大変だね。しっかり顔も、マンションの名前も、部屋番号もうつってる。きっと、直ぐに特定されてしまうね。」
なんでもないように話してが、どれも容易に想像できる。氷華自身、顔が青ざめているのがわかる。
その原因は、顔が写ってしまったことでも、マンションの名前でも、部屋番号が写ってしまったことでもない。部屋の奥にある絵が写っている事だった。
「消してください。犯罪ですよ。」そう、落ち着いて言えればよかった。たが、混乱して、翻ったような声しか出ない。
それを聞いた青年は、眉を下げ、おかしなことを聞いたかのように、口は、弧を描いている。
氷華の直感が、この青年はどこかおかしいと告げる。何かが欠如している。それが何かは、氷華には分からなかった。
恐怖の次には、強い後悔が押し寄せる。
氷華は、自分を貶めた。どうして、ドアを開けてしまったのかと。よく考えたらわかる事だっただろう。
こんな真夜中、インターホンを鳴らす客に、まともな奴はいないと。だか、氷華は寝起き、脳の機能が著しく低下していた。
ーーどうしよう。どうしよう。どうしよう。
何故こんなことに?ーー
そして今も、氷華の脳の機能は、著しく低下している。
その声にはなにかがあり、人を簡単に声だけで信じ込ませてしまえるような、ただそれだけのいたって普通の青年の声だ。
インターホン越しに見える姿は、首から手のひらあたりまでぐるぐると包帯で巻き付けられていた。
初めに目に止まったのは、それくらいだった。ほかは至って普通のワイシャツに、くるぶしくらいまである紺色のズボンを履いていた。
制服だろうか。
包帯の他に気になるところといったら、少しうねりのかかっている、全く手入れのされていないと思われる源氏鼠色の髪くらいだった。
街中ですれ違った程度なら、気にもとめないだろう。
だが今は深夜。そんな青年が呼び鈴を鳴らしているという事実に氷華はたいへん驚いていた。
ーー道に迷ったと言ったのか、この少年は。
こんな時間にもかかわらずだ。ーー
疑問に思いたがらも、迷ってしたったのであれば仕方がない。
ここの区画はだいぶ複雑な道でできている。
初めてここに来た人は分かりっこなく、本当にこちらであっているのかと不安になるような、歪な道路を歩かないと警察署にはたどり着けない。
それにしたとしてもである。こんな時間に起こされて、氷華はすこぶる機嫌が悪かった。
氷華はスリッパを乱暴に履き、ノロノロと玄関へ向かい、玄関の鍵とチェーンを外し、玄関扉を開ける。
「お待たせしてしまい、すみません。警察署でしたら、スマホの地図を見ながらの方がわかりやすいかもしれません。スマホ、お持ちですか?」
あれほど機嫌は悪かったものの、氷華は幸いながら、最低限の礼儀は持ち合わせている。
こんな夜遅くに待たせずにすぐ出れる方がおかしいだろう、と氷華は内心悪態をつきながらスマホの所用の有無を確かめる。
青年は、少し困ったような顔をして
「すみません。スマホは持ち合わせていなくて。」
と、衝撃の事実を告げる。
この時代にスマホを持っていない学生はいるのだろうか。否、相当な理由がないと持っていないなんてことは無い。
ーーもしかして家出青年なのかこの青年は。ーー
怪訝に思いながらも、出会って間もない氷華に、深入りされても困るだけだろうと思い、
「それでは、私のスマホで説明しますね。少し、待っていてください。」
と言い残し、スマホを持ってこようと玄関扉のノブに手を伸ばす。
本当はこのまま、玄関扉を閉め、ダイニングテーブルに置いてあるスマホを取り、戻ってくるはずだった。
あろうことかその時、青年が半歩ほど前に出て、腕を中途半端な高さまで腕を伸ばした。
どうしたのだろうと思う間もなく『カシャ』と、どこかでシャッター音がした。
一瞬喉が詰まる。なにか声を出そうとしても、喉が異常な程に乾ききっていて『ヒュッ』という乾いた音しか出ない。
また、青年が動き出す。氷華から見て右奥の、金属でできている柵の方へと歩き出す。
氷華の家はマンションの3階。柵の向こうには、また別の、氷華の住むマンションよりもずっと新しく、洒落ている、比較的年齢層も低いマンションが建っている。
柵の手すりには、黒い長方形の形をした箱が持たれかかっていた。
それに青年が手を伸ばす。何かと思い目を凝らすとその正体がわかる。スマホだ。
「みてみて、おばさん、よく取れているでしょう?」
そう言い青年が、無邪気に見せてくるのは、当然写真だった。
その写真は、いかにも氷華が、無理やり青年の腕を引き、家に連れ込もうとしているようなものだった。
勿論、真実は違う。
氷華がドアのノブに手をかけようとしている時、ノブと手の間に挟まるようにして青年が腕を伸ばしてきた。ただそれだけ。
角度的にそう撮れてしまっただけである。
青年がスマホを持っていないというのも、もちろん嘘だったのだ。
青年は眉を上げ、目を細めて淡々と言う。
「これ、SNSにあげたら、大変だね。しっかり顔も、マンションの名前も、部屋番号もうつってる。きっと、直ぐに特定されてしまうね。」
なんでもないように話してが、どれも容易に想像できる。氷華自身、顔が青ざめているのがわかる。
その原因は、顔が写ってしまったことでも、マンションの名前でも、部屋番号が写ってしまったことでもない。部屋の奥にある絵が写っている事だった。
「消してください。犯罪ですよ。」そう、落ち着いて言えればよかった。たが、混乱して、翻ったような声しか出ない。
それを聞いた青年は、眉を下げ、おかしなことを聞いたかのように、口は、弧を描いている。
氷華の直感が、この青年はどこかおかしいと告げる。何かが欠如している。それが何かは、氷華には分からなかった。
恐怖の次には、強い後悔が押し寄せる。
氷華は、自分を貶めた。どうして、ドアを開けてしまったのかと。よく考えたらわかる事だっただろう。
こんな真夜中、インターホンを鳴らす客に、まともな奴はいないと。だか、氷華は寝起き、脳の機能が著しく低下していた。
ーーどうしよう。どうしよう。どうしよう。
何故こんなことに?ーー
そして今も、氷華の脳の機能は、著しく低下している。
