「…あ、ごめんね、教えてる途中で。どこだっけ」

少しの沈黙の後、空気を変えるように言うと、

「今の人、誰ですか?」

「え?あー…ちょっと去年、委員会でお世話になった先輩というか、」

どう説明したらいいか分からなくて、濁してしまう。

「ふーん…」

「うん、」

「好きなんですか?」

「え⁉︎」

ドキッとした。

「な、なんで、そんなこと」

「いやなんとなく、好きなのかなぁって思って」

慌てる私と対照的に、冷静な名倉くん。

ただの質問?

私が動揺しすぎなだけ?


「なんでもないです。変なこと聞いてすみませんでした」

「ううん…」

「続き教えてください」

「あ、うん」

早く先輩のこと吹っ切らないとな…

そう思いながら勉強を再開した。




「今日はありがとうございました」

「あんまり教え方上手くなかったかもだけど」

「そんなことないです、すごく分かりやすかったです!」

「ほんと?ならよかった」


結局、受付に用がある人はほとんど来なくて、最後まで教えることに集中できた。

一緒に学校を出て、駅まで向かう帰り道。

名倉くんが不意に「あの、」と話しかけてきた。

顔を上げると、

「僕にチャンスくれませんか」

「チャンス?」

「今度の期末テストで英語良い点取れたら、僕と…僕とデートしてください!」

「…えぇ⁉︎」

デ、デート⁉︎

思わず足を止める。

デートって…名倉くん、本気?

やっぱりさっき、村井先輩に会ったこと気にしてるのかな?

平然として見えたけど、突然デートに誘われるなんて…


まっすぐな瞳に、どう答えていいか戸惑う。


先輩に失恋したばかりで、まだ立ち直れてもいないのに、他の人とデートなんて。

でも断ったら、名倉くんはもう私のこと、どうでもよくなっちゃうかな…?

それは嫌だなって思っちゃう自分がいて、余計に頭も気持ちもこんがらがる。


「先輩?」

黙ってしまった私の顔を、名倉くんが不安そうに覗き込んできた。

「あ、あの、」

「はい」

「……良い点って何点?」

訳わかんなくて、変なことを口走ってしまう。

「え、えっとー、50、いや60点?あーでも」

私の変な質問にも、どうしよう、と真剣に悩む名倉くん。

その姿を見てたら、なんだか心がふっと軽くなった。

頭の中のごちゃごちゃが、いつのまにかどっかに飛んで、
「じゃあ60点取れたらね」と言っていた。

「えっいいんですか?」

「うん、いいよ」

「やったー!」

本当に嬉しそうにガッツポーズする。


「どこ行きたいですか?」

「んーと…考えとくね」

「はい!僕も考えます!」

「その前にまずテスト頑張らないとだからね?」

「あっはい…ちょっと忘れてました、、」

「ちょっとっ」

浮かれすぎ、と思わず突っ込んじゃったけど、私もなんとなく自分の気持ちが浮き立っているのを感じていた。