つぐなえない罪


「じゃあね、柚香。お昼は一緒に食べようね」
 学校に着き、史那は南館へ、私は東館へ向かう。
「こ、許斐さん!」
「小早川さん、だったっけ」
 話しかけてきたのは、昨日も話した、小早川さんだった。
「うん、そうだよ。・・・ねぇ、許斐さんが、首席で合格した、ってほんと?」
「そう、だけど・・・・・・」
 なんで知ってるんだろう?
「そうなんだ・・・。す、すごいね!・・・・・・きょ、今日さ、委員とか、生徒会の立候補者、決めるんだってね。1年生も、生徒会、立候補できるんだね〜。書紀か、会計監査なら」
「・・・特進創造総合科だからでしょ?特進科と一般総合科、専門科、一般科は、1年生は立候補できない、らしいよ」
 史那から教えてもらったことを教える。
「へぇ、そうなんだ〜。やっぱ特別なんだね、特進創造総合科は」
 "特別“か・・・。
 この、真っ白な制服が、その象徴だった。
 制服の色は、たくさんあった。
 黒、紺、ベージュ、ピンク、紫、ワインレッド、深緑、水色、グレー、オレンジ。
 カラフルな制服と、その色に合った、ネクタイorリボン。
 白の制服は、この特進創造総合科の生徒しか着ることのできない、制服だった。

「じゃあ、女子と男子分かれて、委員会決めてね」
 先生の声で、一斉に動く生徒たち。
 先生は、教室から出て行った。
「許斐さん、行くよ」
「あっ、うん」
 小早川さんと一緒に女子の集まりに向かう。
「あっ、来た来た。許斐さん」
 中心にいた、江良木 礼愛(えりき あやめ)が、急に私を見た。
「ねえ、許斐さんって首席で合格したんだよね?」
「そう、だけど」
「じゃあ、許斐さんが学級委員ね。良いよね」
 なんで首席だから、という理由で私が学級委員になるの?
「別に良いけど」
「じゃ、決まりね。友愛(ゆあ)、男子に入試でいちばん成績が良かった人が学級委員だ、って伝えといて」
「はーい‼︎」
 可哀想だな、と思った。
 決まったのは、おとなしめの男子・恩咲 充智(おんざき みつと)だった。
 多分、小中も白ノ蘭だった子だ、よね?
 白ノ蘭学園は、小中高大一貫校で、入学時には、もちろんテストがあるんだけど、中→高に上がる時と、高→大に上がる時にも、テストがある。
 内容は、外部から入って来る人よりも、難しいらしい。
「許斐さんと、恩咲は黒板に名前書いておいてね〜」
 江良木の、呑気な声。
 なんかムカつく・・・。
 でも仕方ない。私が自分で引き受けた(一応)んだもん。頑張るしかない‼︎
「あの、えっと〜。よろしく、お願いします」
「うん、よろしく」
 少し冷たかったかな?と思う。でも、言ってしまった言葉は取り消せない。
「わっ、私、風紀委員やるっ!やります」
「あっ、小早川さんいいの?なら、よろしく〜。・・・許斐さんか恩咲、書いといて」
 頼まれたので、仕方なく名前を書く。
 でも、なんで小早川さんは、風紀委員にしたんだろう?図書委員が良いって言っていたのに。
 ふいに窓の外を見る。・・・と、そこには、あの南雲 哉人がいた。
 ・・・さみしそうな顔をして。
 ねぇ、どうしてそんな顔をしているの?
 あの時とは違う、弱そうな顔だった。

「で~、誰か立候補しないの?生徒会」
 ・・・・・・。
 江良木の言葉で、教室に沈黙が訪れる。
「先生に聞いたら、毎年必ず、1人か2人は立候補してた~って聞いたんだ~」
「でもそれ、強制じゃないでしょ?」
「でも、誰も立候補しなかったら、噂されるかもだよ?語り継がれるかも。唯一立候補者がいなかった年だ、って」
 別に良くない?と思ってしまうのは、私だけ?
 ・・・っていうか、そんなに嫌なら、自分が立候補すれば?
「ってことで、許斐さん。お願いできる?」
「・・・・・・無理。語り継がれるのが嫌なら、自分が立候補すれば?」
 なんで私なのよ。
「そっ、それは・・・」
「江良木、お前許斐になんでもかんでも押し付けたいわけ?」
「っていうか、礼愛ちゃんって、委員会入ってないよね?部活も入らない予定で、塾も習い事もない、って言ってたよね?ぴったりじゃない?」
 そうだよ、江良木がやれよ。
 いっつも他人に仕事を押し付けてたんだから、たまにはやりなよ。
 江良木が生徒会に立候補する、に賛成!
 クラスのあちこちから声があがる。
「な、なんで私なのよ!ほ、他の誰かがやりなさいよ。ね、ねぇ友愛」
「礼愛がやれば?」
「なっ。深唯(みい)は、そう思わないわよね?」
「・・・・・・」
 仲間からも裏切られ、絶体絶命の大ピンチの江良木。
 と、そこへ。
「はーい、みんな。決まった?」
 先生が帰ってくる。
 みんな散っていく。
「江良木さん?どうしたの?」
 江良木は、真っ青な顔をして、突っ立っている。
 自業自得、と思いながら、私は席に座った。

「やっほ〜、柚香。ご飯食べようね‼︎」
 昼休み。史那が私のクラスに訪ねてきた。
「うん。食べよう」
「中庭行こうよ!あそこ良い感じなの‼︎」
 中庭か・・・。
 正直にいうと、室内が良かったな〜。
 カフェテリアとか。フリースペースとか。

「ーーそれでね、・・・って聞いてる⁉︎」
「あっごめん。ちょっとぼんやりしてた」
 ご飯を食べながら、史那の話を聞く。
「だから〜。私、保健委員になったの‼︎で、柚香は何になったの?って聞いてたんじゃん‼︎」
「あっ、そうだったんだ・・・。私は、学級委員になったよ」
 ちょっと嫌ですけど。
「えっ、なんで?・・・もしかして、押し付けられた?」
「まさか‼︎・・・確かに頼まれたけど」
「誰?江良木?」
「まぁ、そんなところ」
 なんなのアイツ‼︎と怒る史那。
 どうやら2人は、幼稚園が一緒だったらしい。
 入学式のとき、一目見て分かったんだって。
 幼稚園のときから女王様タイプだった江良木さん。
 ・・・変わってないんだな。
「ねぇ、江良木に何かされたら、絶対言ってね!約束だよ‼︎」
「うん・・・」
 まあ、一回絶望を味わわせたんだけど。

  キーンコーンカーンコーン
「起立。礼。ありがとうございました。着席」
 帰ろうとすると、江良木さんに話しかけられた。
「ねぇ、許斐さん。今日って、空いてる?外部生の歓迎会したいなぁ、と思って。ほら、うちのクラス、外部生って、少ないじゃん?だから」
「ごめんけど、今日は無理」
 今日は、あの洞窟に行くから。
 あと、あんなことがあったのに、立ち直るの早いね。
「そっか〜。じゃ、また明日ね〜」
 すぐに教室を出る。後ろでは、小早川さんが江良木さんに誘われていた。

「お、お前また来たのかよ。来んなって言ったよな?」
「いいでしょう?ただの洞窟なんだし」
 今日も、あの南雲 哉人がいた。
「ねぇ、あなたのこと、なんて呼んだらいいの?」
「・・・・・・哉人」
 哉人くん、か。
「ねぇ、哉人くんさ」
「なぁ、ほんとに来ないでくれないか?俺、その制服見たくないんだ」
 制、服?この制服の、何が悪いんだろう?
「白ノ蘭の制服、見たくないんだ」
「どうして?なにか、あったの?昔・・・」
 2人とも、だまる。
 周りが、急に静かになる。
 どうしよう。何か言ったほうが良い?私のせいだよね。私が変なこと聞いたから。
「あのっ、ごめ」
「俺、小学生のとき、白ノ蘭だったんだよ。中学は、途中まで」
 哉人くんって、白ノ蘭だったんだ・・・。
 なんか、ちょっと意外。公立の学校に通ってそうだったのに。
「なんで、やめちゃったの?」
「聞きたいか?」
「えっ?」
 聞きたいから聞いてるんだけど。
「聞いたら、もう後戻りできないぞ?」
 後戻りできないって、どういう意味?
「いいよ」
 一瞬黙る、哉人くん。
 彼は、次の瞬間、衝撃の一言を放った。

「俺、人を殺したんだよ。・・・自分の家族を」