三日月が浮かぶ夜空の下。
宮殿の立派な中庭を走り続ける私にとって頼れる光はその欠けている月と宮殿の窓からほんの僅かに漏れ出す光のみ。
だが今の私にとってこの暗闇は好都合だった。
誰にも見つかることなく、私はこの宮殿外に逃げなければならない。
そうしなければ私の命はない。
ほんの数時間前までこの宮殿内で誰よりも輝きを放っていた存在だったというのに何がどうなって命を狙われてしまっているのだろうか。
いや、考えなくても答えはわかっている。
私はルードヴィング伯爵に裏切られた。
だから私は今命を狙われているのだ。
「…っ」
左脇腹の傷が疼き、一度その場に立ち止まる。
先程暗殺者に短剣で刺された傷だ。
逃げることを最優先にしていた為、傷の手当てなんてもちろんしていない。
傷口からゆっくりと血が流れ出ている。
止血しなければ。
この大きな中庭について私は知り尽くしていた。
なので少しだけキョロキョロして見つかりづらそうな木の影を見つけるとそこに身を隠した。
「…はぁ、はぁ」
木の幹にぐったりと体重を預けながら、自分が着ている上等な絹の寝巻きのワンピースの裾をビリっと破る。
何とかそれで傷口を抑え止血を試みるが、すぐにじわりと血が滲み、上等な布はあっという間に血で染め上げられた。
血を出しすぎたかもしれない。
何故、私は今ルードヴィング伯爵に裏切られ、命を狙われているのか。
朦朧としてきた意識の中で私は走馬灯のように先ほどまでのことについて思い浮かべ始めた。



