その日は病院に親が駆けつけてくれて、警察の事情聴取も病院で行われた。家に帰ったあと、先輩に「大丈夫です」とメッセージを送りたかったが、連絡先を知らなかった。
次の日、
私が登校したら、先輩は私の教室の前で待っていた。廊下の窓から、春の名残の桜の花びらがしんと冷えた風に乗って入りこみ、先輩の黒髪をいろどっていた。
「怪我もすぐ治ります。大丈夫です。先輩、本当にありがとうございました」
私がそう言って深々と頭を下げると、先輩も深々と頭を下げ、それから、私の髪を左手でサラッと撫でた。
「本も無事でした」
私が静かにそう言うと、先輩が軽くうなずく。
「私、ダメですね。もっと強くならなきゃ」
私が先輩を見上げてしょんぼりとそう言うと、先輩の目がわずかに細くなる。
「助けてくださってありがとうございました。
私に、護身術を教えてくださいませんか?」
先輩が、軽くまばたきをする。
「本を守りたいんです。本当に貴重で、大切なものだから」
私が、真剣に先輩の目を見つめると、先輩が軽くうなずき、それから、
長い左腕で私をからめとり、ぎゅうううっと抱きしめた。
(あぁ、あったかい)
廊下を行き交う生徒たちに見られても構わない。先輩はとても優しくて強くてかっこいい。(そしてちょっと怖い)。
私も、先輩みたいになりたい。大切な本を守れるように。
(先輩のことも)
「先輩」
腕を緩めたあと、先輩が、左手で私の頭をなでなでしてくれる。完全に子ども扱いなのに嬉しいと思うのは、小さい頃、字が読めてえらいね、と周りの大人に褒められたときを思い出すから。
(本が大好きだと思い出せるから)
「先輩も本好きなんですね」
私がニコッと微笑むと、先輩が軽くうなずき、ブレザーの内ポケットから薄い本を1冊取りだす。
「漱石!!」
ブレザーのポケットからも2冊出てきた。幻想的で美しい物語を書く小説家の本だ。とても薄い。
先輩が右手でスマホを操作し、読書アプリの中身を見せてくれる。ふたつあるアプリの中には、多ジャンルの本が200冊くらい入っていた。
「先輩って、本当に本が好きなんですね」
私がニコニコしながらそう言うと、先輩がこくりとうなずく。
「私が持ってた図書館の本を守っちゃうくらい」
一瞬、
先輩の細い目が大きくなった。
が、それはいつもの穏やかな笑みにとって代わり、私の頭をまた、よしよしとでも言うように左手で撫でてくれた。
チャイムが鳴る。薄紅色が踊る。生徒たちが教室へ駆け込む。
「先輩。
今日も昼休み、図書館で待ってます」
先輩が左腕を挙げた。
穏やかに微笑みながら、大きく手を振って去っていく。
その長い左腕は、どこからでも誰かが(私が)先輩を見つけられるようにあるのかな、と思った。
チャイムが鳴り終わる。教室に入る。
(あれ?)
いつの間にかブレザーのポケットに、薄い本が1冊入っていた。
(え? これ、先輩が?)
あらすじを見てみると、アドベンチャーとラブストーリーが一体化したような内容だった。知らない作家だ。古びているが大切にされているようだ。
(お借りします)
少しずつ、
謎めいた先輩のことを知っていきたい。仲良くなりたい。いつか、1日中本の話をして過ごしたい。
(助けてもらったお礼しなきゃ)
- 今度、いっしょに本屋さんへ行きませんか。
そう言ったら、先輩はどんな顔をするだろう。喜んでくれるかな。
(また、あの優しい左手で、頭を撫でてくれるかな)
2025.04.07
蒼井深可 Mika Aoi
次の日、
私が登校したら、先輩は私の教室の前で待っていた。廊下の窓から、春の名残の桜の花びらがしんと冷えた風に乗って入りこみ、先輩の黒髪をいろどっていた。
「怪我もすぐ治ります。大丈夫です。先輩、本当にありがとうございました」
私がそう言って深々と頭を下げると、先輩も深々と頭を下げ、それから、私の髪を左手でサラッと撫でた。
「本も無事でした」
私が静かにそう言うと、先輩が軽くうなずく。
「私、ダメですね。もっと強くならなきゃ」
私が先輩を見上げてしょんぼりとそう言うと、先輩の目がわずかに細くなる。
「助けてくださってありがとうございました。
私に、護身術を教えてくださいませんか?」
先輩が、軽くまばたきをする。
「本を守りたいんです。本当に貴重で、大切なものだから」
私が、真剣に先輩の目を見つめると、先輩が軽くうなずき、それから、
長い左腕で私をからめとり、ぎゅうううっと抱きしめた。
(あぁ、あったかい)
廊下を行き交う生徒たちに見られても構わない。先輩はとても優しくて強くてかっこいい。(そしてちょっと怖い)。
私も、先輩みたいになりたい。大切な本を守れるように。
(先輩のことも)
「先輩」
腕を緩めたあと、先輩が、左手で私の頭をなでなでしてくれる。完全に子ども扱いなのに嬉しいと思うのは、小さい頃、字が読めてえらいね、と周りの大人に褒められたときを思い出すから。
(本が大好きだと思い出せるから)
「先輩も本好きなんですね」
私がニコッと微笑むと、先輩が軽くうなずき、ブレザーの内ポケットから薄い本を1冊取りだす。
「漱石!!」
ブレザーのポケットからも2冊出てきた。幻想的で美しい物語を書く小説家の本だ。とても薄い。
先輩が右手でスマホを操作し、読書アプリの中身を見せてくれる。ふたつあるアプリの中には、多ジャンルの本が200冊くらい入っていた。
「先輩って、本当に本が好きなんですね」
私がニコニコしながらそう言うと、先輩がこくりとうなずく。
「私が持ってた図書館の本を守っちゃうくらい」
一瞬、
先輩の細い目が大きくなった。
が、それはいつもの穏やかな笑みにとって代わり、私の頭をまた、よしよしとでも言うように左手で撫でてくれた。
チャイムが鳴る。薄紅色が踊る。生徒たちが教室へ駆け込む。
「先輩。
今日も昼休み、図書館で待ってます」
先輩が左腕を挙げた。
穏やかに微笑みながら、大きく手を振って去っていく。
その長い左腕は、どこからでも誰かが(私が)先輩を見つけられるようにあるのかな、と思った。
チャイムが鳴り終わる。教室に入る。
(あれ?)
いつの間にかブレザーのポケットに、薄い本が1冊入っていた。
(え? これ、先輩が?)
あらすじを見てみると、アドベンチャーとラブストーリーが一体化したような内容だった。知らない作家だ。古びているが大切にされているようだ。
(お借りします)
少しずつ、
謎めいた先輩のことを知っていきたい。仲良くなりたい。いつか、1日中本の話をして過ごしたい。
(助けてもらったお礼しなきゃ)
- 今度、いっしょに本屋さんへ行きませんか。
そう言ったら、先輩はどんな顔をするだろう。喜んでくれるかな。
(また、あの優しい左手で、頭を撫でてくれるかな)
2025.04.07
蒼井深可 Mika Aoi



