その日の放課後、私は、昇降口のすみできょろきょろしていた。
先輩はいつも、私が帰る時、もうすでに黒い革靴を履いてのんびり待っている。
そして、私を見つけると、穏やかに微笑んで右手を挙げる。左手はだらりと垂れ下がったままだ。
先輩はテニス・プレイヤーではないし、しかも右利きなのに、何故か左腕の方が発達してしまったらしい。
最初はぎょっとするその両腕の長さの違いだけど、あぁ、これも個性なんだな、と思う。
個性。
先輩のあの長い長い左腕は、個性だ。
私は、あの左腕に巻き込まれるようにあっさり捕らえられ、広い胸に抱き寄せられる度、
心のどこか深いところから、叫び出したい衝動が突き上げて来る。
怖い。
私は、先輩が怖い。
いつも笑顔で、いつも無言で、何を考えているのかちっともわからなくて。
でも、裏を返せば、先輩が何を考えているのか知りたい。そう、思っている訳で -
その日の放課後は、うわさで聞きつけた通り、特進科の3年生は集中補習のようだった。
私は久しぶりに、ゆっくりとひとりで帰り道を歩いていた。背中には濃いピンクのリュックサックを背負い、腕には図書館の本が3冊入ったベージュ色のトートバッグを提げていた。
西の方にある駅へ行くには、川沿いの土手を歩いていくほうが、道路を行くより近い。
春を知った太陽が容赦なく照りつけて来る。堤防沿いに植えられている桜の薄紅色でさえも強引にオレンジ色に染める。オレンジ色のまぶしさで何も見えなくなる。
私が、
今日は、待っていれば良かったのかな。
先輩は、どこからともなく現れて穏やかに微笑む。
言葉を発する事はほとんどない。
ただ、その長い左腕で、私を捕らえて抱きしめる。
先輩にぎゅうっと抱きしめられると、何だか胸がもぞもぞして、それでいて、そこから一歩も動きたくないような気もして、胸がとても騒ぐ。だけど、先輩のヘアオイルのにおいも、胸の大きさと硬さも、何より、腕の太さも力も、全然きらいじゃないんだ。
(むしろ、ずっと抱きしめていてほしい)
図書館で、本を取ってくれたのが最初だった。
私が本棚の上の方にある本に手を伸ばして背伸びをしていたら、となりにに立った誰かの手がすうっと伸びた。
本当に、伸びたのかと思った。まるで漫画の主人公のように。
先輩は驚く私を見て穏やかに微笑み、取ってくれた本を左手から右手に持ち替えて、ていねいに私に差し出した。
私はその長い長い左腕に驚きながらも、
先輩の宝石のような琥珀色の瞳の美しさに見とれてしまった。
先輩は、
そんな私の頭を、左手でさらっと撫でた。
それから、
図書館で、廊下で、教室の前で、先輩は私を待つようになった。穏やかな微笑みを浮かべて。
先輩。
先輩。
胸がきゅうっと痛い。
私も髪にフローラルのヘアオイルをつけるようになり、肌や爪や体型も気にしはじめた。ダイエットのために、図書館や本屋・古本屋まで歩くようになった。
先輩。
先輩。
そのやさしい腕よりも、言葉が欲しい。
もどかしい。
私はまだ先輩への想いを正しい言葉にできない。言葉にできないけれど、毎日、先輩に会いたい。
会いたい、会いたい、会いたい。
「ちょっと、俺達と遊ばない?」
先輩はいつも、私が帰る時、もうすでに黒い革靴を履いてのんびり待っている。
そして、私を見つけると、穏やかに微笑んで右手を挙げる。左手はだらりと垂れ下がったままだ。
先輩はテニス・プレイヤーではないし、しかも右利きなのに、何故か左腕の方が発達してしまったらしい。
最初はぎょっとするその両腕の長さの違いだけど、あぁ、これも個性なんだな、と思う。
個性。
先輩のあの長い長い左腕は、個性だ。
私は、あの左腕に巻き込まれるようにあっさり捕らえられ、広い胸に抱き寄せられる度、
心のどこか深いところから、叫び出したい衝動が突き上げて来る。
怖い。
私は、先輩が怖い。
いつも笑顔で、いつも無言で、何を考えているのかちっともわからなくて。
でも、裏を返せば、先輩が何を考えているのか知りたい。そう、思っている訳で -
その日の放課後は、うわさで聞きつけた通り、特進科の3年生は集中補習のようだった。
私は久しぶりに、ゆっくりとひとりで帰り道を歩いていた。背中には濃いピンクのリュックサックを背負い、腕には図書館の本が3冊入ったベージュ色のトートバッグを提げていた。
西の方にある駅へ行くには、川沿いの土手を歩いていくほうが、道路を行くより近い。
春を知った太陽が容赦なく照りつけて来る。堤防沿いに植えられている桜の薄紅色でさえも強引にオレンジ色に染める。オレンジ色のまぶしさで何も見えなくなる。
私が、
今日は、待っていれば良かったのかな。
先輩は、どこからともなく現れて穏やかに微笑む。
言葉を発する事はほとんどない。
ただ、その長い左腕で、私を捕らえて抱きしめる。
先輩にぎゅうっと抱きしめられると、何だか胸がもぞもぞして、それでいて、そこから一歩も動きたくないような気もして、胸がとても騒ぐ。だけど、先輩のヘアオイルのにおいも、胸の大きさと硬さも、何より、腕の太さも力も、全然きらいじゃないんだ。
(むしろ、ずっと抱きしめていてほしい)
図書館で、本を取ってくれたのが最初だった。
私が本棚の上の方にある本に手を伸ばして背伸びをしていたら、となりにに立った誰かの手がすうっと伸びた。
本当に、伸びたのかと思った。まるで漫画の主人公のように。
先輩は驚く私を見て穏やかに微笑み、取ってくれた本を左手から右手に持ち替えて、ていねいに私に差し出した。
私はその長い長い左腕に驚きながらも、
先輩の宝石のような琥珀色の瞳の美しさに見とれてしまった。
先輩は、
そんな私の頭を、左手でさらっと撫でた。
それから、
図書館で、廊下で、教室の前で、先輩は私を待つようになった。穏やかな微笑みを浮かべて。
先輩。
先輩。
胸がきゅうっと痛い。
私も髪にフローラルのヘアオイルをつけるようになり、肌や爪や体型も気にしはじめた。ダイエットのために、図書館や本屋・古本屋まで歩くようになった。
先輩。
先輩。
そのやさしい腕よりも、言葉が欲しい。
もどかしい。
私はまだ先輩への想いを正しい言葉にできない。言葉にできないけれど、毎日、先輩に会いたい。
会いたい、会いたい、会いたい。
「ちょっと、俺達と遊ばない?」



