白雪姫の王子様

雪の家へ来るのは、初めてだった。


ピンポーン。


インターホンを鳴らす。

「はーい」

聞き慣れた、優しい声。

「……蓮です」

そう言うと、少し間を置いて、

「すぐ開けるわね」

と返ってきた。


ガチャ。

扉が開く。

そこには、雪のお母さんが立っていた。

「来てくれてありがとう。どうぞ、上がって」

柔らかい笑顔だった。

「お邪魔します」

靴を脱ぎ、後を追う。

案内された先には、仏壇があった。

「どうぞ」

静かに促される。

「失礼します」

ゆっくり座る。

そこには、笑顔の雪がいた。

写真の中の雪は、あの日みたいに笑っている。

手を合わせる。

すると、

「会いに来てくれてありがとね」

雪のお母さんが、後ろから優しく言った。

「蓮くん、リビングまで来てくれる?」

「……はい」

立ち上がる。

リビングへ入ると、どこか懐かしい匂いがした。

「どうぞ、座って」

ソファへ座るよう、促される。

「失礼します」

雪のお母さんは、お茶とお菓子を置くと、

「ちょっと待っててね」

そう言って、別の部屋へ向かった。

ふと、壁に飾られた絵が目に入る。

子どもの落書きみたいな絵。

でも、どこか温かかった。

「その絵、下手くそでしょ」

雪のお母さんの声。

振り返る。

その手には、いくつかの物が抱えられていた。

テーブルへ並べながら、雪のお母さんが言う。

「あれ、小さい頃の雪が描いたの」

やっぱり。

「白雪姫と、小人と、王子様なんだって。
 嬉しそうに見せてくれたのよ」

自然と、少し笑ってしまう。

そして、視線をテーブルへ落とす。

そこに並べられていたのは、

スケッチブック。

“やりたいことリスト”。

そして、手紙だった。

「これは……?」

「雪がね。蓮くんに渡してほしいって」

胸が苦しくなる。

全部、雪が大切にしていたものだ。

それを、俺に。

雪のお母さんは、少し寂しそうに笑う。

「亡くなる前まで、あの子すごく元気に振る舞ってたの。だから全然気づかなかった」

雪のお母さんは、静かに続ける。

「でもね。ちゃんと準備してたのよ」

「準備……?」

「私たちと、お別れする準備」

息が詰まる。

雪は、全部わかってたんだ。

自分の命が、もう長くないことを。

「私たちや、お友達、お医者さん。みんなに手紙を書いてたの」

その後、病室から、手紙やスケッチブックが、
わかりやすい場所に置かれていたことを聞いた。

そこまで、準備していたなんて。

「俺が……葬式に行かなかったばかりに」

そう呟くと、雪のお母さんは静かに首を横へ振った。

「雪、わかってたみたい」

「……え?」

「蓮くんがお葬式に来ないって」

心臓が止まりそうになる。

「どうして……」

「私宛の手紙に書いてあったの」

雪は、最後まで、俺のことを理解していた。

雪のお母さんは、少し困ったように笑う。

「全く、親不孝者すぎよね」

でも、その顔は優しかった。

ああ。

この人はもう、雪の死と向き合っている。

兄貴も。

莉子も。

翔も。

みんな。

逃げていたのは、俺だけだった。

「雪がね」

「……」

「きっと蓮くんはお葬式に来ないから、
もし訪ねてきたら、この三つを渡してって」

雪は、そんなことまでわかっていたのか。

誰よりも、死を怖がっていたはずなのに。

「ゆっくりしていって」

そう言って、雪のお母さんは、
静かに部屋を出て行った。