白雪姫の王子様

病院へ着くと、兄貴が待っていた。

「雪は……っ」

息が上手く続かない。

肺が痛い。

走ってきたせいだけじゃない。

怖かった。

「……とりあえず座ろう」

兄貴は、俺たちを人気のない待合室へ案内した。

全員、まだ呼吸が乱れている。

兄貴は、そんな俺たちを落ち着かせるように、
ゆっくり説明を始めた。

雪が今朝、危険な状態になったこと。

その後、集中治療室へ移されたこと。

そして、今は状態が落ち着いていること。

「私たちのせいじゃん……」

莉子が、涙を流しながら呟く。

「俺たちが連れ出したから……」

翔の声も震えていた。

でも、今はそれより、
確認しなきゃいけないことがある。

「雪には……会えないのか?」

兄貴は静かに頷く。

「今は集中治療室で眠ってる」

「だから、まだ会えない」

「そうか……」

胸が苦しくなる。

でも、兄貴は続けた。

「ただ、状態は安定し始めてる」

「明日には部屋へ戻れると思う」

その言葉を聞いた瞬間、全身の力が抜けた。

「おい、蓮」

翔が肩を支える。

自分でも気づかないうちに、足が震えていたらしい。

でも、兄貴の表情はまだ重かった。

「ただ、これだけは覚えておいてほしい」

兄貴は、真っ直ぐ俺たちを見る。

「雪ちゃんは、いつどうなってもおかしくない」

「そんな……」

莉子が崩れ落ちる。

でも兄貴は、静かに続けた。

「それは、今までも変わらなかった」

「今までも……?」

意味が分からない。

「じゃあ外出許可は……?」

「雪ちゃんは」

兄貴がゆっくり言う。

「延命より、お前たちと過ごすことを選んだ」

頭が真っ白になる。

「意味わかんねぇよ……」

翔は頭を抱えた。

兄貴は、さらに続ける。

「雪ちゃんが蓮に言った“余命3ヶ月”だけど」

「夏に言ってたやつか?」

「あれは去年のものだ」

――え?

その瞬間、
頭を殴られたみたいな衝撃が走った。

去年……?

じゃあ、俺たちが出会う前から、
もう過ぎてたってことか?

「余命はあくまで目安だ」

兄貴は静かに言う。

「それ以上生きる人もいる」

「治る人も、稀にいる」

「逆もあるけどな」

「それなら雪も――」

莉子の言葉を、兄貴は遮った。

「それはない」

その声は、医者としての声だった。

「なんで……?」

「雪ちゃんの体は、もう限界を超えてる」


重い沈黙が落ちる。


「今、生きてること自体が奇跡なんだ」

その言葉が、胸に深く突き刺さる。

今までの全部が、奇跡だった。

雪の笑顔も。

あの時間も。

今日も。

全部。

「雪は……」

やっと、声が出た。

「雪と両親は、何を望んでるんだ」

俺たちは、自分たちの気持ちばかり先走っていた。

でも、雪自身はどうなんだ。

兄貴は少し笑った。

「珍しいな。お前がそんなこと聞くの」

そして、優しく続ける。

「お前は、全部知っているじゃないか」

「え?」

「雪ちゃんも、ご両親も、最後まで、お前たちといることを望んでる」

その言葉を、強く噛み締めた。

そうか……

俺はわかったつもりでいただけなんだ。

雪が長く生きることよりも、
好きに生きることを選んでいると。

でも、こうなって俺の覚悟の甘さを思い知った。

あんなに偉そうなこと、言っておいて……

「……わかった」

莉子と翔を見る。

二人とも、まだ泣いていた。

でも、俺ははっきり言う。

「お前ら、最後まで付き合えよ」

二人が顔を上げる。

涙でぐしゃぐしゃだった。

それでも、大きく頷く。

「俺は」

ゆっくり、言葉を吐き出す。

「雪の願いを叶えるだけだ」

兄貴は、少しだけ嬉しそうに笑った。

そして、俺たちは集中治療室の前へ向かった。

ガラス越しに見えた雪は、
あまりにも小さかった。

体には、たくさんの機械が繋がっている。

口元には酸素マスク。

昨日、あんなに笑っていたのに。

胸が苦しくなる。

それでも、俺は目を逸らさなかった。

そして、静かに誓う。

――俺は、お前の王子様であり続ける。