白雪姫の王子様

勢いよく、病室のドアを開ける。

……遅かった。

ベッドの上では、雪が顔を両手で覆い、
真っ赤になっていた。

その隣では、莉子と翔がニヤニヤしている。

そして――

「……は?」

俺は固まった。

なぜなら、そこには、さらに二人いたからだ。

雪のお母さん。

そして、兄貴。

意味が分からない。

雪の様子を見る限り、全部話した後だ。

問題は、なんでそこに兄貴と雪のお母さんがいるんだってことだ。

俺が入り口で立ち尽くしていると、
兄貴が俯いたまま近づいてくる。

……なんなんだよ。

嫌な予感しかしない。

思わず、一歩下がる。

すると、兄貴は俺の肩に手を置いた。

そして、ゆっくり顔を上げる。

その表情を見た瞬間、寒気がした。

「やるじゃないか、弟よ」

めちゃくちゃ嬉しそうだった。

「うるせぇ!」

即座に手を振り払う。

顔が熱い。

「雪ちゃんから、全部聞かせてもらったぜ〜?」

翔が、楽しそうに言う。

「……っ」

殺意が湧く。

莉子も、うんうんと満足そうに頷いている。

絶対こいつら、根掘り葉掘り聞いたな。

雪のお母さんを見る。

怒っているのでは、と心配になった。

でも――

なんだか、嬉しそうに笑っていた。

その顔を見て、少しだけ胸が熱くなった。

頭の中を整理するために、とりあえず、
これはどういう状況なのか聞くことにした。

話をまとめると、
最初は雪のお母さんと兄貴が病室にいたらしい。

そこへ、すごい勢いで突撃してきたのが、
莉子と翔。

そしてなぜか二人は、
そのまま自然に会話へ溶け込み、
みんなで雪から話を聞き出したらしい。

……意味が分からない。

雪のお母さんがいるのは分かる。

でも、なんで兄貴までいるんだ。

そんな俺の視線に気づいたのか、兄貴が苦笑する。

「今日から、雪ちゃんの担当医になったんだよ」

その言葉で、なんとなく理解した。

兄貴は、この場にいる全員の気持ちを分かっている。

医者としても、人としても。

……たぶん、兄貴が一番適任なんだろう。

それにしても。

さっきから、雪のお母さんと莉子と翔が、
楽しそうに話している。

俺の苦労は何だったんだ。

莉子と翔のことだ。

こういう空気に入り込むのは得意なんだろう。

少しだけ、羨ましく思った。

ふと雪を見る。

まだ、顔を両手で覆ったままだ。

俺は雪へ近づく。

そして、そっと頭に手を置いた。

すると雪が勢いよく顔を上げる。

今にも泣きそうな顔。

「私……全部……」

声が震えている。

「ごめんなさい……」

きっと、恥ずかしさと、
話してしまった罪悪感でいっぱいなんだろう。

「大丈夫」

そう言って、優しく頭を撫でる。

「気にするな」

「蓮くん……」

雪は、まだ少し不安そうに俺を見上げている。

俺は、とりあえず莉子と翔を睨んだ。

二人とも、露骨に顔を逸らす。

「お前ら――」

怒鳴ろうとした、その時だった。

「二人は悪くないのよ」

俺の言葉を遮ったのは、雪のお母さんだった。

「どういう……」

予想外すぎて、頭が追いつかない。

「昨日ね、雪に何があったのか聞いたの」

「そうそう!」

そこへ便乗してくる翔。

もう一度睨むと、今度は口を閉じた。

「あのね」

雪のお母さんが、優しく続ける。

「雪、昔から白雪姫の絵本が大好きだったの」

「白雪姫?」

雪のお母さんは頷く。

そして嬉しそうに、

「いつか王子様が来てくれるんだって、ずっと言ってたわ」

と言って微笑んだ。

「ちょ、お母さん……!」

雪が真っ赤になりながら止めようとする。

でも、莉子と翔は完全に聞く気満々だ。

「私はね」

雪のお母さんの表情が、少し曇る。

「“きっと来てくれるよ”って、言ってあげられなかった」


静かな沈黙。


そして、雪のお母さんはゆっくり俺を見る。

「でも……来てくれたのね」

「え?」

「雪にとっての、王子様が」

胸が、少し熱くなる。

その笑顔には、嬉しさと、少しの後悔が滲んでいた。

「私が、一番信じてあげなきゃいけなかったのに……それなのに、邪魔をしてしまった」

「お母さん……」

雪が心配そうに見つめる。


少しずつ、空気が重くなり始める。


――その時だった。

「お母さん」

翔が胸を張る。

「蓮は正真正銘の王子です。俺が保証します」

一瞬で、重い空気が吹き飛んだ。

「は?」

「じゃあ、白雪姫と王子が二人なら」

莉子も便乗する。

「私と翔は小人かな?あと、蓮のお兄さんと雪のお母さんも」

何言ってんだ、こいつら。

でも――

「そうね」

雪のお母さんが笑う。

「私たちは小人ね」

「四人しかいないけどな」

兄貴までノリ始めた。

カオスだ。

ふと、雪を見る。

雪は、目を輝かせながら笑っていた。

その顔を見た瞬間、胸の奥が少しだけ温かくなった。

……よく分からないけど。

雪が喜ぶなら。

出来損ないでも、王子になってみるか。