白雪姫の王子様

雪の母親は、何も言わなかった。

ただ、静かに立っている。

……当然だ。

今までずっと、“奇跡”を信じてきたんだから。

受け入れるには、
きっと、長い時間が必要なんだと思う。

もしかしたら、
一生受け入れられないのかもしれない。

俺は、どうすればいいのか分からなかった。

ただ、その場に立っていることしかできない。

すると――

「あなたは……」

雪の母親が、小さく呟く。

まっすぐ、俺を見つめながら。

「雪のことを、どう思っているの?」

その言葉に、息が止まる。

どう、思っているのか。

そんなの、もうずっと前から決まっていた。

でも、俺は言葉にすることから逃げていた。

好きになることも。

失うことも。

全部、怖かったから。

だけど――

今、言わなきゃいけない。

ゆっくりと、息を吸う。

「……愛しています」

自分でも驚くくらい、まっすぐ言葉が出た。

「今も」

「……」

「これから先も」

声が、少し震える。

でも、嘘はひとつもなかった。

その言葉を聞いた瞬間、
雪の母親の表情が、少しだけ崩れた。

涙が、頬を伝う。

それなのに、どこか安心したように笑った。

「あなたが、一番……」

震える声。

「雪と向き合ってくれていたのね」

その言葉が、胸の奥に静かに落ちてくる。


……違う。

俺は何度も逃げた。

傷つくのが怖くて、雪から離れようとした。

それでも。

もう一度、向き合いたいと思った。

その気持ちだけは、本物だった。

雪の母親が、涙を拭う。

その顔を見て、ふと思った。

……雪は、お母さんに似たんだな。

優しくて、

まっすぐで、

誰かのことばかり考えてしまうところ。

胸が、少しだけ苦しくなった。

雪の母親は、静かに頷いた。

お辞儀をする。

そして、病室の扉を開ける。

「……雪」

姿を見た瞬間、思わず、声が漏れた。

ベッドの上の雪が、ゆっくりとこちらを見る。

そして――

綺麗な顔を、ぐしゃぐしゃに崩した。

ぽろぽろと涙が溢れる。

その顔を見た瞬間、胸が締めつけられた。

……どれだけ、不安だったんだ。

気づけば、駆け出していた。

ベッドのそばまで行って、
そのまま、強く抱きしめる。

細い体。

震えている肩。

雪は、俺の服をぎゅっと掴みながら、
声を殺して泣いていた。

「ごめん……」

掠れた声が漏れる。

「ほんとに、ごめん……」

でも、俺の言葉なんて届いていないみたいに、
雪は必死に俺にしがみつく。

「もう……会えないって……思って……」

途切れ途切れの声。

苦しそうで、
でも、一生懸命伝えようとしてくれている。

「分かってる」

雪の頭を優しく撫でる。

「もう、どこにも行かない」

そう言って、さらに強く抱きしめた。

「もう俺は、雪から逃げない」

雪はゆっくりと、顔を上げる。

涙で濡れた瞳。

その顔が、どうしようもなく愛おしかった。

「……愛してる」

雪の目が、大きく揺れる。

驚いたように、少しだけ息を呑む。

そっと、頬に触れる。

「私も……」

雪の声が震える。

「愛してる」

そう言って、雪は笑った。

綺麗だ。

ゆっくりと、お互いの距離が近づいていく。

そして――

優しく、唇が重なる。

その瞬間、窓から吹いた風で、
カーテンが大きく揺れた。

まるで、俺たちを隠してくれるみたいに。

唇が離れる。

見つめ合う。

雪が、少しだけ照れたように笑った。

その顔を見て、胸の奥が、温かくなる。

幸せな時間が、ゆっくりと流れていく。

――このまま、

時間が止まってしまえばいいのに。