白雪姫の王子様

息を切らしながら、雪の病室の前まで辿り着く。

でも、なかなか扉を開けることができない。

心臓が、うるさい。

怖い。

もし、もう嫌われていたら。

もし、遅かったら。

そのときだった。

「あなたは、この前の……」

聞いたことのある、声。

振り返る。

そこには、険しい顔をした雪の母親が立っていた。

「もう雪には関わらないでと――」

「先日は、失礼しました」

気づけば、言葉を遮っていた。

雪の母親が、目を見開く。 

もう引けない。

「どうして、そんなに雪に関わるの?」

冷たい声だった。

「雪と、約束したからです」

即答だった。

「約束?」

「彼女の“やりたいこと”を叶えるって」

雪の母親の表情が、曇る。

「雪の……やりたいこと?」

その反応で分かった。


……知らないんだ。


「雪には、残された時間の中で叶えたいことがあります」

「残された時間って……」

母親の声が強くなる。

「まるで雪が、もう助からないみたいに――」

「分かってます」

また、遮ってしまう。

でも、今は止まれなかった。

「俺も、“奇跡”を信じてました」

雪の母親が、黙る。

「でも」

息を吸う。

「それを信じることを理由に、一番大事なものから目を逸らしてた」

自分の声が、少し震えている。

「俺は……雪とちゃんと向き合いたい」

雪の母親へ、まっすぐ伝える。

「できる限り、あいつの“やりたいこと”を叶えたいんです」


沈黙。


「あなたは……」

雪の母親の目に、涙が滲む。

「雪が生きることを、諦めるの?」

弱々しい声だった。

「違います」

はっきりと、答える。

「雪が、生きたいように生きることを、諦めたくないんです」

「雪は……」

雪の母親は小さく、呟く。

「長く生きることより、好きなことをして生きたいっていうの……?」

涙が、頬を伝う。

「私は、雪の母親なのよ……」

震える声。

「諦めなければ、治るかもしれないじゃない……!」

その言葉は、願いだった。

必死に掴んでいた希望。

「……雪は」

俺は静かに、口を開く。

「とっくに覚悟を決めてました」

「覚悟……?」

「雪は、“やりたいことリスト”を書いてます」

雪の母親が、息を呑む。

「生きてる間に叶えたいことを、たくさん書いてるんだと思います」

驚きと、悲しみの入り混じった表情で、
こちらを見ている。

……やっぱり、知らなかったんだ。

雪のことだ。

きっと、心配かけたくなくて隠していた。


「リストの中身は、俺も見たことありません。でも」


冷たく重い空気の中だったが、
今までの、雪を思い出し、
思わず笑みが溢れてしまった。

「雪は、毎回すごく嬉しそうでした」

カフェで笑ってた顔。

制服姿。

“もっと生きたい”って言った時の顔。

全部、頭に浮かぶ。

「だから――残り時間じゃなくて、雪が、“生きてた”って思える時間にしたいんです」