白雪姫の王子様

学校へ行かなくなって、何日経ったのか分からない。

ベッドに寝転んだまま、天井を見つめる。


……何やってんだろ、俺。

でも、動く気になれない。



コンコン。



普段は鳴ることのない、ノックの音。

「……入るぞ」

兄貴だった。

部屋へ入ってくる。

起き上がる気もなく、視線だけ向ける。

兄貴は部屋を少し見渡して、

「まだ学校サボってんのか?」

少しだけからかうように言う。

「行ってねぇ」

イラついた。

でも、不思議と怒る気にはならない。

「そうか」

兄貴は、ベッドの隅に腰掛けた。

「説教ならいらねぇから」

そう、言葉を吐き捨てる。

「別に説教しに来たわけじゃない」

兄貴は静かに返す。

少しだけ沈黙が落ちる。

「雪ちゃんのところにも行ってないんだってな」

その名前が出た瞬間、胸が痛んだ。

「……関わらない方がいいんだろ」

勝手に、口が動いていた。

「親父にも言われたし、何より雪のためだ」

声が震えそうになるのを、こらえる。

そんな俺を見て、兄貴は、しばらく黙っていた。

そして、

「それ、本当に雪ちゃんのためか?」

と優しく問いかけた。

息が止まる。

「お前、自分が傷つきたくないだけじゃないのか」

図星だった。

「……っ」

言い返せない。

「人を好きになるってさ」

兄貴がぽつりと言う。

「苦しいんだよ。失うのが怖くなる」

「……」

「何かあった時、自分を責めることになるかもしれない」

淡々とした声。

でも、その一つ一つが胸に刺さる。

「だからって」

少しだけ間を置いて、

「相手の気持ちごと切り捨てて逃げるのは違う」

そう言って、兄貴は俺の目を見た。

胸の奥が、痛む。

「お前さ」

兄貴が少し笑う。

「昔から、自分のことになると逃げるよな」

「うるせぇ」

反射的に、そう返していた。

否定できないから……

「でも今回、逃げたら一生後悔するぞ」

その言葉に、心臓が大きく鳴った。

「それに」

兄貴が続ける。

「お前、親父の言いなりになるような奴じゃないだろ」

「……」

「この家で唯一、自由に生きてる」

困ったように笑う兄貴。

「俺はそんなお前が、誇らしいよ」

頭が真っ白になる。

俺はずっと、兄貴みたいになれないって思ってた。

完璧で、親父にも認められて、
全部持ってる人間だって。

でも、

「お前は、失敗作なんかじゃない」

そう言って、兄貴は俺の頭を軽く撫でた。

「やめろよっ」

反射的に手を払う。

でも、昔は、
こうやって褒められるのが好きだった。

兄貴は、ちゃんと俺を見てくれていたんだ。

「雪ちゃん、お前が来なくなってから病状が安定してない」

一気に、不安が押し寄せた。

「雪ちゃんの病気のこと、知ってるんだろ?」

「それは……」

「医者としては、治療に専念するべきだと思う」

兄貴の言葉に、間違いはないと思った。

「ただ……」

「ただ?」

兄貴は少しだけ目を伏せる。

「俺自身は、あの子が好きなように生きるべきだと思う」

その言葉は、重かった。

俺たちは、どこかで“治る奇跡”を信じていた。

でも――

兄貴の言葉で、分かってしまった。

もう、それは叶わないんだって。

「雪ちゃんの願いを叶えられるのは、お前しかいないだろ」

優しく笑う兄貴。

気づいたら、体が動いていた。

ベッドから飛び起き、階段を駆け下りる。

靴を履いて、

勢いよく外へ飛び出した。

全力で、

雪のもとへ走る。

視界が滲む。

希望と絶望。

その両方が、一気に押し寄せてくる。


それでも――


今度こそ、


雪から逃げない。