白雪姫の王子様

病室の前に来ると、声が聞こえてきた。

……莉子の声だ。

また、雪に何か言うつもりなのか。

そう思って、ドアノブに手をかけた。

そのときだった。

『蓮って、王子様なんかじゃないなって』

手が、止まる。

……なんの話だよ。

「蓮が王子って」

隣で、翔が小さく吹き出す。

「っ……やば、無理」

必死に笑いをこらえている。

その姿を見て、思わず殴りそうになる。

でも、それどころじゃなかった。

ドア越しに、会話に耳を澄ませる。

……雪が心配だ。

これ以上、余計なことを言われたら――

『好きって気持ち否定して、逃げて、
あんたが死ぬことも、“仕方ない”って受け入れてた』


その言葉が、胸に刺さる。


頭の中に、これまでの雪との会話が浮かぶ。

笑ってた顔も、
安心してた顔も、

全部、思い出す。

――その通りだった。

俺はずっと、雪の“死”を当たり前にしてた。

決まってるからって、
受け入れて、

そのくせ――

自分の気持ちからは、逃げてた。

「……っ」

拳を、強く握る。


情けねぇ。


『王子様ってさ、絶対に諦めないの。どんな状況でも、逃げないで、ちゃんと向き合うの。だから、蓮は王子様じゃない』


……当たり前だろ。


心の中で、吐き捨てる。

俺が、王子様なんて。

家では失敗作扱いされて、
そんな自分からも逃げてるやつが。

「……なれるわけねぇだろ」

気づいたら、口に出ていた。

「こんな俺が、王子なんかに」

小さく呟く。

「……蓮」

肩に手が置かれる。

隣を見ると、翔が真剣な顔でこっちを見ていた。

さっきまで笑ってたやつとは思えないくらい、まっすぐな目。

病室の中からは、
雪と莉子の声が、かすかに聞こえてくる。

でも――

今は、入るべきじゃない。

そんな気がした。

「……行くか」

翔は、何も言わずに頷いた。

そのまま、二人で廊下を歩き出す。

背中越しに、まだ声が聞こえる。

でも、振り返らなかった。

……逃げてるわけじゃない。

ただ、ちゃんと向き合うために。

少しだけ、時間が必要だった。