白雪姫の王子様

今日もノックの音がした。

昨日よりも少し早い時間。

蓮くんが会いに来てくれたのかと、嬉しくなった。

「どうぞ」

ドアが開く。

でも、そこに立っていたのは蓮くんじゃなかった。

「……莉子さん?」

なぜか自分の体が、強張る。

昨日と同じ、突き刺すような強い視線。

空気が、冷たい。

「……あんたさ」

ベットの前で立ち止まる、莉子さん。

「なんでそんな顔してんの」

「え?」

「守られてるのが当然って顔」

その言葉の意味が、うまく理解できない。

「蓮がくるとさ」

蓮くんの名前が出て、驚く。

「すごい安心した顔するじゃん」

胸が、少しだけざわつく。

「……それってさ」

一瞬だけ、間があってーー

「邪魔なんだよね」


え……


次の言葉は、すぐには聞こえなかった。

「……あんたなんか」

低く、押し殺した声。

「はやく死んじゃえばいい」

時間が、止まったみたいだった。

「……蓮の人生の邪魔、しないで」

言葉が、ゆっくりと胸に落ちてくる。

痛い。

「……っ」

息がうまく吸えない。

そうか。

私ーー

「……迷惑、だったんだ」

蓮くんは、優しいから。

言わなかっただけで、

本当はーー

「……ごめん、なさい」

気づいたら、涙が落ちていた。

止めようとしても、止まらない。

「私、知らなくて……」

その時だった。

「何言ってんだよ」

低い声。

声のした方を見る。

そこには蓮くんが、立っていた。

ドアのところで、莉子さんを睨んでいる。

「お前、今なんつった?」

空気が、一気に張り詰める。

莉子さんは、一瞬だけ言葉に詰まった。

「……そのままだけど」

「ふざけんな」

蓮くんの声が、少しだけ強くなる。

「何もしらねぇくせに、勝手なこと言ってんじゃねぇよ」

「は?じゃあ何?」

莉子さんも引かない。

「正しいこと言ってるだけじゃん。どうせーー」

莉子さんは言いかけて、止まる。

でも、その先の言葉は、もうわかってしまった。

「……っ」

蓮くんの拳が、強く握られる。

「……帰れ」

低く、押し出すような声。

莉子さんはしばらく動かなかった。

「私だって、昔から、蓮のこと……」

そう言いかけたが

「……最悪」

小さく呟いて、病室を出て行った。

ドアが閉まる音。

静かになる。

「……雪」

蓮くんに名前を呼ばれる。

でも、顔を上げられない。

さっきの言葉が、頭の中で何度も繰り返される。

邪魔。

「蓮くん……ごめん」

「は?」

蓮くんが、少しだけ眉をひそめる。

「なんでお前が謝んだよ」

「だって……」

うまく言葉にできない。

でも、胸の中にあるものはわかっていた。

「私、知らなくて……」

「なにが」

「……邪魔、だったのかなって」

その瞬間、

「違う」

私の言葉に被せるように、言われた。

蓮くんは、まっすぐにこっちを見ていた。

「違うから」

さっきより、強い声。

「そんなこと、一回も思ったことねぇ」

そう蓮くんは言い切る。

「……あいつが勝手に言ってるだけだ」

でも、完全には消えない。

「……私がいない方が」

そう言いかける。

「お前さ」

また、言葉をさえぎられる。

「なんでそんなふうに考えんの」

「……だって」

言葉に詰まる。

「……蓮くん、優しいから」

だから、

「同情して、迷惑だと思ってても、言わないだけかもしれないって……」

自分で言って、苦しくなる。

「それに、余命だって……」

自分の命の短さを実感する。

「……そんな、私と関わる理由なんてないじゃん」

苦しい。


重い沈黙。


「……はぁ」

蓮くんが小さく息を吐く。

「なんで俺、ここに来てると思う?」


え。


「……それは、同情とか」

「違う。俺は雪に会いたくて来てるに決まってんだろ」

その蓮くんの一言で、
胸の奥が、じんわりと温かくなる。

言葉が出てこない。

「義務とか、同情とかじゃねぇ」

不器用な言い方。

でもーー

すごく、まっすぐだった。

「……ありがとう」

さっきまでの不安が、軽くなる。

「別に」

いつも通りの返し。

でも、その声は不器用ではなかった。

優しい思いが伝わってきた。