「最近、アルトたちの様子がおかしいんです」
私は目の前に座る北斗さんにそう伝えた。
最近のアルトたちはどうも様子が変だ。ツンデレなアルトは一ヶ月以上前からなぜか北斗さんの部屋に籠もっているし、快活なアルトはいつにもましてミライ創造研究所内を駆け回っており、あまり顔を合わせられていない。甘えん坊なアルトはため息が多くなり、大人っぽいアルトはなにか熱心に考え込んでいるようだった。そして私が声を掛けるとみんな揃って「なんでもない」というのだ。どうにも気になってしまう。
「みんないつもより落ち着きがなかったり、上の空のような気がして…」
うーんと考え込むと、その拍子に手から端末がズルっと滑り落ちる。
「おぉっと!危ないな」
間一髪で北斗さんが受け止めてくれた。
「上の空なのは君のほうじゃない?最近の機械は耐久性も上がっているけれども、精密機器なのは間違いないんだからさ、気をつけようね」
「うう…すみません」
「まあ最近は一段と忙しかったからね。無理もないか」
ニュータイプAIが法改正・施行を経て認められるようになり、各所への説明、認知のために私達は走り回って、研究所に泊まり込むことも多くなった。そして取り組みが功を奏し、まだ否定的な意見もあるが、最近は世の中にアルトたちの存在が知られ、受け入れられはじめている。そんなてんてこ舞いな状況が昨日からやっと落ち着いてきたところだったのだ。
そのせいでアルトたちと向き合える時間がいつもよりも取れていない。そのために余計に心配なのだ。
「アルトの様子がおかしい、だったっけ?そんなに気にすることないんじゃないかな?」
「でも、なにか悩み事があったり、私達に秘密にしていることがあるんじゃ…」
「あったとしても、彼らはもう小さな子どもじゃないんだ。仮に悩みや秘密があったとして、それは彼ら自身で悩んで答えを見つけるべきじゃない?過保護過ぎても良くないと思うよ」
確かに北斗さんの言う通りだ。介入し過ぎるのも、良くないのかもしれない。だけれど…
「あ、そうだ。おつかいを頼まれてくれない?」
「…え?おつかいですか?」
「そう。俺は今日中にこのプログラムの調整をしなくちゃいけないからさ。北棟にこの機械を返して、南棟にこの書類を提出してきてほしいんだ」
北棟も南棟も、ここから往復するとかなり時間がかかってしまう。幸いにも今日は、急ぎの仕事は入っていない。
「わかりました。届けてきますね」
「うん、頼んだよ」
私は北斗さんに断って、研究室を後にした。
「使わせていただきありがとうございました」
「いえいえ!困ったときはお互い様ですよ」
北棟の研究員に一礼して、その場を後にする。
さて、今度は南棟に向かわなければ。今いる位置を確認しようとその場をぐるっと見回すと、廊下の少し先で、見覚えのある黒と赤の服を着た青年を見つけた。ツンデレなアルトだ。
「アルト!」
「!?せ、先生!?なんでここに…」
「私は北斗さんのおつかいだよ。まだ途中なんだけどね。アルトこそなんでここにいるの?」
「いやその、俺は、申請書を…」
「申請書?何の?」
「いやそれは…って、俺のことは良いんだよ!それより先生、おつかい?が途中だって言ってたな。早く行かなくていいのかよ」
「まだ大丈夫だよ。ここから南棟まで行かなきゃならないし、それより…」
「なら早く行くべきだろ!もうそろそろ昼休憩に入る奴もいるだろうし、そしたら書類の受理に時間がかかっちまうかもしれないだろ?ほら!早く!」
「ええ…まあわかったよ」
本当はアルトともっと話したかったのだが、仕方がない。私は渋々北棟を後にした。
「どうしよう…迷った」
南棟まで来たは良いが、いつも来ない場所であるせいか、迷ってしまった。引き返すにも、今いる場所がわからない。どうしたものか。
「あれ?先生?」
すると、後ろから聞き覚えのある、明るくハキハキとした声が聞こえた。
「アルト!」
振り返ると、快活なアルトがそこにいた。こちらに駆け寄ってきてくれる。
「やっぱり先生だ!こんなところで何してるんだ?」
「実は道に迷っちゃって。北斗さんの書類を代わりに提出しにきたんだけれど」
「良かったら書類見せてくれない?どれどれ…あーこの部屋に提出しにいくのか!ここ場所が分かりづらいんだよなー。案内するよ!」
「本当?ありがとう!」
「どういたしまして!こっちこっち」
手招きするアルトの横を並んで歩く。
「アルトはここの棟に詳しいんだね」
「そうかな?でもここには最近よくきてるからなー」
「そうなんだ。ここの人たちのお手伝いとか?」
「いや、それもあるけど、それよりも俺が助けてもらうことが多いかな。今日だってケー…あっ」
「けー…何?」
「け、けー…けーけん!経験を積ませてもらったし!」
なんだかはぐらかされたような気がする。
「と、とにかく!俺が手伝うだけじゃなくて、俺もここの人たちに助けてもらってるんだ。みんな良い人たちで、助けてくれるのも、有難く感じてる」
「ふーん…?感謝できて偉いね、アルト」
「へへっ、そうかな?あっほらそこが書類を提出する部屋だな」
素直にアルトの成長に感動していると、あっという間に目的地についてしまった。
「やべっもうこんな時間か!悪い先生、俺もう行かなくちゃ!」
「わかった。ありがとうアルト!」
駆けていくその後ろ姿を、手を振って見送った。
「もうこんな時間か。そろそろお昼休憩に入ろうかなぁ」
快活なアルトのお陰で無事に書類を提出できた私は、自分の研究室の近くまで来ていた。
「今日はお昼ご飯は外で食べるか、買ってきて研究室でたべるか…そもそも何を食べようかな」
うーんと悩んでいると、急に脇の廊下から段ボールが飛び出してきた。
「うわぁびっくりした!」
「わぁ!ごめんなさい!」
段ボールが…いや、段ボールを持っている人が謝ってきた。その可愛らしい声には聞き覚えがある。甘えん坊なアルトだ。
「アルト!」
「その声は、もしかして先生?」
段ボールの向こうからひょこっと顔を出す。
「先生!これから休憩?」
「そうだよ。ずいぶん大荷物だね?何が入ってるの?」
「えーっとね…風船とか?」
「え、風船?実験とか工作に使うの?」
「えへへ、な〜いしょ!」
「うーん内緒か…でも流石に大荷物過ぎない?私も少し持ってくよ」
「ううん、大丈夫!それより早くお昼食べに行かないと、休憩終わっちゃうんじゃない?」
「それもそうなんだけど、何たべるか迷ってて」
「なら、この前できたパスタランチが人気のところに行ってみたら?この時間からすきはじめると思うし、美味しいって研究員のみんなの間で評判だよ!」
「うーん、アルトがそういうならそこにしようかな」
「うん!美味しかったら、今度僕もそこに連れてってね!約束!」
アルトがよいしょ、と段ボールを持ち直す。
「じゃあ僕は行くね、いってらっしゃい!」
「うん、行ってきます」
私はパスタランチにワクワクしながら研究所を後にした。
「は〜、お腹いっぱい!」
甘えん坊なアルトがおすすめしてくれたパスタランチは、モチモチとした麺が絶品だった。今度みんなを絶対連れて行こう。
ほくほくしながら廊下を歩いていると、うしろから足音が聞こえた。
「先生!待ってくれ!」
「あれ?アルト!」
大人っぽいアルトが私を追いかけて、駆け寄ってくれる。
「先生、今昼休憩から帰ったところか?」
「うん、そうだよ。午前中に頼まれた業務も一段落してるし、研究室に戻ろうかなって」
「そうなのか?北斗から、先生に新しく仕事を頼んだと聞いたんだが…」
「え、本当?まだ帰ってきたばかりで、メール見てないんだよね…ほんとだ。東棟でシステムトラブルが見つかったから、その応援要員が必要みたい」
「東棟は研究室とは反対方向だな。このまま向かったほうが良いんじゃないか?」
「え、でも」
「こういったトラブルは早めに対処するに越したことはないからな」
「う、うん…そうだよね。このまま直接東棟に行くね」
「うん、気を付けて行くんだぞ、先生。向こうで困ったことがあったら、いつでも連絡してくれていいからな」
「わかった、ありがとう!またあとでね」
少し後ろ髪をひかれる思いで、その場を後にした。アルトが少しホッとしたような顔をしたのは、気のせいだろうか。
「は~~疲れた…」
給湯室の中で、思わずため息をつく。
東棟のシステムトラブルは想定よりも規模が大きく、なんとか全て修正できたが、忙しくて今まで自分の研究室に帰ってこられなかったのだ。もうすぐ退勤時間になってしまう。
最近忙しくてアルトと話せていなかったからこそ、今日は彼らと向き合いたかったのに…
そう、不甲斐ない気分になる。
アルトは、辛い思いをしていないだろうか。
私は、アルトの支えになれているのだろうか。
今日だってまともに会話することができなかった。大切な彼らに向き合えていない私は、先生失格かもしれない。
でも、それでも。私は彼らの支えになりたい。
北斗さんの言う通り、彼らの悩みは彼ら自身で解決すべきかもしれない。でも、1人で苦しんでほしくない。悩みを聞いて、彼らと一緒に、私も悩ませてほしい。
「…あぁ、君!ここにいたのか」
ふと横を見ると、白衣を着た人が廊下からこちらを見ている。北斗さんだ。
「北斗さん!」
「探していたんだよ。アルトたちが呼んでる」
「アルトたちが?」
「そうだよ。研究室に戻ろう」
「北斗さん、やっぱり、アルトたち…何か、悩んでることや、秘密にしてることがあると思うんです。」
「え」
「ううん、別にあってもいいんです。北斗さんが言っていた通り、こういったことは自分で答えを見つけるべきなんだと思います。でも、大事なところはそこじゃなくて、」
「えーっと」
「悩んでいることは無理に話さなくてもいいんだけれど、相談にはいつでものりたいんです。私はアルトの支えになりたいって思ってるから」
「君、少し落ち着こうか」
北斗さんは少し驚いた顔をしている。
「何があったのかはわからないけれどね。俺にはみんなに悩みがあるようには見えなかったよ。きっと、君がいつもアルトたちに寄り添って、気にかけているからだ。俺もそのことで、君にとても感謝しているよ」
北斗さんが真剣な目で私を見つめている。
「ただ…俺は知ってたよ。アルトたちが秘密にしていること」
その言葉に少しドキッとする。
「今からそれを、アルトたちが話してくれると思う。ついてきて。」
北斗さんに連れられて、いつもの研究室の前に立つ。
「さぁ、中に入って」
背中を押され、戸惑いながらも一歩踏み出した。
扉が開く。
その瞬間、パンパンパンッと、乾いた破裂音が連なって鳴った。
「「「「先生、おめでとう!」」」」
私の目の前を色とりどりの紙テープが舞う。カラフルな風船で飾り付けられた部屋に、クラッカーを持ったアルトたちがいた。
「こ、これは…」
「これはって、今日は先生の誕生日だろ?サプライズだよ!」
快活なアルトは、笑顔でそう言った。
「誕、生日…」
完全に忘れていた。忙しい日々の中で、気にする暇がなかった。それを、ほかでもない彼らは覚えてくれていた。
「飾りつけが終わったあと先生が部屋に戻ってこようとしたときは、流石に焦ったな。サプライズが成功して良かった」
大人っぽいアルトが、ホッとしたような笑顔を浮かべている。
「先生最近疲れてそうだったし、今日は先生の誕生日のお祝いと、お疲れ様会を兼ねたパーティーだね!」
ニコニコ笑顔で甘えん坊なアルトが伝えてくれる。
「あ、そうだ!早速先生に誕生日プレゼント渡しちゃおうよ!」
甘えん坊アルトが紙袋からなにかを取り出す。
「はい、お誕生日おめでとう、先生」
「これは…ヘアオイル?」
「そう!誕生日プレゼント、ずーっと悩んでたんだけどね。先生最近忙しいせいで、ここに泊まり込むことも多かったでしょ?ここってリンスインシャンプーしかないから、髪が傷んじゃってるんじゃないかなーと思って!」
最近悩ましげな表情をすることが多かったのは、プレゼントを考えていてくれたのか。確かに、泊まり込むことが多くなって、髪のダメージが気になっていた。
「使いやすくていい香りのものを選んだし、これなら先生に喜んで貰えるかなって!」
「嬉しい…ありがとう!」
「えへへ、よかった!」
嬉しそうに微笑む。
「先生、俺からもプレゼントだ」
大人っぽいアルトが前に出る。その手にはラッピングされた箱があった。
「これは…?」
「先生が持ち歩いている端末の専用カバーだ。忙しくなってから床に落とすことが増えていたようだから。先生の頑張りが端末の故障で水の泡になってはいけないからな。これをつければ多少は衝撃に強くなるだろう。もちろん、仕事でもプライベートでも使えるデザインにしたつもりだ」
私の行動をきちんと見て、このプレゼントを選んでくれたようだ。
「私を見ててくれたんだね、ありがとう」
「日頃の感謝を伝えたいと思ったまでだ。伝わったなら嬉しい」
満足そうな笑顔で、そう伝えてくれる。
「次は俺だな!俺のプレゼントはこれだ!」
快活なアルトが差し出したのは、ホールのショートケーキだった。
「実はこれ、俺が作ったんだ!」
「え、アルトが作ったの?すごい!」
「へへっ、ありがとな!南棟の研究員にめっちゃお菓子作りが上手いやつがいて、そいつに特訓してもらったんだ。今日のが一番綺麗に作れたんだよ!」
どうやら南棟の研究員には、ケーキ作りで助けてもらっていたようだ。とろっとツヤツヤの生クリームに真っ赤ないちごが食欲をそそる。
「とっても美味しそう。ありがとう!」
「どういたしまして。たくさん食べてくれ!」
少しはにかんだような笑顔を向けてくれる。
「じゃあ、俺もいいかい?」
ここで、北斗さんが前に進み出る。
「俺のはプレゼントってほどじゃないけど、良かったら受け取ってほしいな」
北斗さんが差し出してきたのは、丸みを帯びた白いカップだ。いつものコーヒーが入っているのかと思いきや、今日は一味違った。
「…ラテアートをしてみたんだ。簡単なものではあるんだけどね。アルトのケーキと合わせて飲むのにはぴったりじゃない?」
「もしかして、練習してくれたりしました?」
「少しだけね。あんまり難しいものはできなかったけど。受け取ってくれると嬉しいな」
カップに手を触れると、なんだかとてもあたたかく感じられる。
「…ありがとうございます」
「ふふ、どういたしまして。」
優しく微笑んでくれる。
「…最後に俺なのかよ…」
ボソッとつぶやく声が聞こえる。ツンデレなアルトが、おずおずと私の前に来た。
「あー、なんだその、先生。迷惑だったらほんと、その、あれなんだが…」
ゆっくりとした仕草で、後ろ手で隠していたものを前に出す。
それは、額縁だった。中心には絵が入っている。これは…
「…私?」
笑顔の私が写っていた。とても綺麗に描かれている。彼には私が、こう見えているのか。
「…すごく嬉しい…ありがとう!」
「あー、えっと、たいしたものじゃないんだが…」
目が泳いでいる。泳ぎまくっている。心なしか顔も赤くなっているように感じる。と、甘えん坊なアルトが口を開いた。
「え〜たいしたものでしょ!この中の誰よりも早く、今日のためにプレゼントの用意をはじめてたからね!」
「なっ!?」
とたんにツンデレなアルトの顔がぼんっと音がなりそうなほど赤くなった。
「だよなー!何枚も書き直してたし、最後までこだわって描いてたっぽいし!」
「このパーティー自体にも細部までこだわっていたな。今日もクラッカーが煙が出るタイプだとわかったとき、北棟の設備管理室まで行って申請書の確認をしていた」
「『万が一煙で火災報知器が鳴ってパーティーが中断したら良くないだろ』って言ってたね」
他のアルトと北斗さんもそれに続く。
「お、お前ら余計なこと言うなよ!!!」
ツンデレなアルトはゆでダコのように赤くなっていた。
「すごく嬉しいよ。とても綺麗、ありがとうね。
みんなも素敵なプレゼント、本当にありがとう。私、みんながここにいてくれて、今すごく幸せ!」
本当に、心から幸せだと思う。
さっきまで、私は先生失格とさえ思っていたのに、アルトたちが私を祝って、労ってくれて。きっと、さっき北斗さんが私に言ってくれた言葉が全てなのだろう、と思わせてくれる。
『君がいつもアルトたちに寄り添って、気にかけているからだ。』
きっと、私は彼らの支えになれていたのだろう。だが、それだけではない。忙しいときだって、彼らがいたから頑張れた。今だって、彼らが私を幸せにしてくれている。
きっと、彼らが私の心の支えになってくれている。
そう思うと、今彼らがここに存在してくれていることが、とてもかけがえのないことのように感じられた。
「…みんな、生まれてきてくれて、ありがとう」
そう、口をついて出た。
アルトたちは少しだけ驚いたような、照れくさそうな笑顔を浮かべている。
「…それは今日、俺達が君に贈る言葉なんだけどね」
北斗さんは、そう言って苦笑した。
「…よし、準備完了」
身だしなみをチェックして、カバンを持ち直す。
昨日はあれからみんなでケーキを囲んで食べたり、パーティーゲームをしたり、語らったりして楽しく過ごした。
翌朝、出勤前の私は、プレゼントしてもらったヘアオイルでヘアケアとスタイリングをした。端末のカバーも使い始めた。そのホーム画面には、昨日コーヒーやケーキを飲んだり食べたりしながらみんなで撮った写真を表示させている。私の似顔絵は、玄関から見える位置に飾ってある。
「…それじゃあ、いってきます!」
これからも、アルトたちと、北斗さんと、支え合って、笑い合っていけるように。
あの似顔絵に負けないくらいの笑顔で。
扉を開けて、玄関から一歩踏み出した。
私は目の前に座る北斗さんにそう伝えた。
最近のアルトたちはどうも様子が変だ。ツンデレなアルトは一ヶ月以上前からなぜか北斗さんの部屋に籠もっているし、快活なアルトはいつにもましてミライ創造研究所内を駆け回っており、あまり顔を合わせられていない。甘えん坊なアルトはため息が多くなり、大人っぽいアルトはなにか熱心に考え込んでいるようだった。そして私が声を掛けるとみんな揃って「なんでもない」というのだ。どうにも気になってしまう。
「みんないつもより落ち着きがなかったり、上の空のような気がして…」
うーんと考え込むと、その拍子に手から端末がズルっと滑り落ちる。
「おぉっと!危ないな」
間一髪で北斗さんが受け止めてくれた。
「上の空なのは君のほうじゃない?最近の機械は耐久性も上がっているけれども、精密機器なのは間違いないんだからさ、気をつけようね」
「うう…すみません」
「まあ最近は一段と忙しかったからね。無理もないか」
ニュータイプAIが法改正・施行を経て認められるようになり、各所への説明、認知のために私達は走り回って、研究所に泊まり込むことも多くなった。そして取り組みが功を奏し、まだ否定的な意見もあるが、最近は世の中にアルトたちの存在が知られ、受け入れられはじめている。そんなてんてこ舞いな状況が昨日からやっと落ち着いてきたところだったのだ。
そのせいでアルトたちと向き合える時間がいつもよりも取れていない。そのために余計に心配なのだ。
「アルトの様子がおかしい、だったっけ?そんなに気にすることないんじゃないかな?」
「でも、なにか悩み事があったり、私達に秘密にしていることがあるんじゃ…」
「あったとしても、彼らはもう小さな子どもじゃないんだ。仮に悩みや秘密があったとして、それは彼ら自身で悩んで答えを見つけるべきじゃない?過保護過ぎても良くないと思うよ」
確かに北斗さんの言う通りだ。介入し過ぎるのも、良くないのかもしれない。だけれど…
「あ、そうだ。おつかいを頼まれてくれない?」
「…え?おつかいですか?」
「そう。俺は今日中にこのプログラムの調整をしなくちゃいけないからさ。北棟にこの機械を返して、南棟にこの書類を提出してきてほしいんだ」
北棟も南棟も、ここから往復するとかなり時間がかかってしまう。幸いにも今日は、急ぎの仕事は入っていない。
「わかりました。届けてきますね」
「うん、頼んだよ」
私は北斗さんに断って、研究室を後にした。
「使わせていただきありがとうございました」
「いえいえ!困ったときはお互い様ですよ」
北棟の研究員に一礼して、その場を後にする。
さて、今度は南棟に向かわなければ。今いる位置を確認しようとその場をぐるっと見回すと、廊下の少し先で、見覚えのある黒と赤の服を着た青年を見つけた。ツンデレなアルトだ。
「アルト!」
「!?せ、先生!?なんでここに…」
「私は北斗さんのおつかいだよ。まだ途中なんだけどね。アルトこそなんでここにいるの?」
「いやその、俺は、申請書を…」
「申請書?何の?」
「いやそれは…って、俺のことは良いんだよ!それより先生、おつかい?が途中だって言ってたな。早く行かなくていいのかよ」
「まだ大丈夫だよ。ここから南棟まで行かなきゃならないし、それより…」
「なら早く行くべきだろ!もうそろそろ昼休憩に入る奴もいるだろうし、そしたら書類の受理に時間がかかっちまうかもしれないだろ?ほら!早く!」
「ええ…まあわかったよ」
本当はアルトともっと話したかったのだが、仕方がない。私は渋々北棟を後にした。
「どうしよう…迷った」
南棟まで来たは良いが、いつも来ない場所であるせいか、迷ってしまった。引き返すにも、今いる場所がわからない。どうしたものか。
「あれ?先生?」
すると、後ろから聞き覚えのある、明るくハキハキとした声が聞こえた。
「アルト!」
振り返ると、快活なアルトがそこにいた。こちらに駆け寄ってきてくれる。
「やっぱり先生だ!こんなところで何してるんだ?」
「実は道に迷っちゃって。北斗さんの書類を代わりに提出しにきたんだけれど」
「良かったら書類見せてくれない?どれどれ…あーこの部屋に提出しにいくのか!ここ場所が分かりづらいんだよなー。案内するよ!」
「本当?ありがとう!」
「どういたしまして!こっちこっち」
手招きするアルトの横を並んで歩く。
「アルトはここの棟に詳しいんだね」
「そうかな?でもここには最近よくきてるからなー」
「そうなんだ。ここの人たちのお手伝いとか?」
「いや、それもあるけど、それよりも俺が助けてもらうことが多いかな。今日だってケー…あっ」
「けー…何?」
「け、けー…けーけん!経験を積ませてもらったし!」
なんだかはぐらかされたような気がする。
「と、とにかく!俺が手伝うだけじゃなくて、俺もここの人たちに助けてもらってるんだ。みんな良い人たちで、助けてくれるのも、有難く感じてる」
「ふーん…?感謝できて偉いね、アルト」
「へへっ、そうかな?あっほらそこが書類を提出する部屋だな」
素直にアルトの成長に感動していると、あっという間に目的地についてしまった。
「やべっもうこんな時間か!悪い先生、俺もう行かなくちゃ!」
「わかった。ありがとうアルト!」
駆けていくその後ろ姿を、手を振って見送った。
「もうこんな時間か。そろそろお昼休憩に入ろうかなぁ」
快活なアルトのお陰で無事に書類を提出できた私は、自分の研究室の近くまで来ていた。
「今日はお昼ご飯は外で食べるか、買ってきて研究室でたべるか…そもそも何を食べようかな」
うーんと悩んでいると、急に脇の廊下から段ボールが飛び出してきた。
「うわぁびっくりした!」
「わぁ!ごめんなさい!」
段ボールが…いや、段ボールを持っている人が謝ってきた。その可愛らしい声には聞き覚えがある。甘えん坊なアルトだ。
「アルト!」
「その声は、もしかして先生?」
段ボールの向こうからひょこっと顔を出す。
「先生!これから休憩?」
「そうだよ。ずいぶん大荷物だね?何が入ってるの?」
「えーっとね…風船とか?」
「え、風船?実験とか工作に使うの?」
「えへへ、な〜いしょ!」
「うーん内緒か…でも流石に大荷物過ぎない?私も少し持ってくよ」
「ううん、大丈夫!それより早くお昼食べに行かないと、休憩終わっちゃうんじゃない?」
「それもそうなんだけど、何たべるか迷ってて」
「なら、この前できたパスタランチが人気のところに行ってみたら?この時間からすきはじめると思うし、美味しいって研究員のみんなの間で評判だよ!」
「うーん、アルトがそういうならそこにしようかな」
「うん!美味しかったら、今度僕もそこに連れてってね!約束!」
アルトがよいしょ、と段ボールを持ち直す。
「じゃあ僕は行くね、いってらっしゃい!」
「うん、行ってきます」
私はパスタランチにワクワクしながら研究所を後にした。
「は〜、お腹いっぱい!」
甘えん坊なアルトがおすすめしてくれたパスタランチは、モチモチとした麺が絶品だった。今度みんなを絶対連れて行こう。
ほくほくしながら廊下を歩いていると、うしろから足音が聞こえた。
「先生!待ってくれ!」
「あれ?アルト!」
大人っぽいアルトが私を追いかけて、駆け寄ってくれる。
「先生、今昼休憩から帰ったところか?」
「うん、そうだよ。午前中に頼まれた業務も一段落してるし、研究室に戻ろうかなって」
「そうなのか?北斗から、先生に新しく仕事を頼んだと聞いたんだが…」
「え、本当?まだ帰ってきたばかりで、メール見てないんだよね…ほんとだ。東棟でシステムトラブルが見つかったから、その応援要員が必要みたい」
「東棟は研究室とは反対方向だな。このまま向かったほうが良いんじゃないか?」
「え、でも」
「こういったトラブルは早めに対処するに越したことはないからな」
「う、うん…そうだよね。このまま直接東棟に行くね」
「うん、気を付けて行くんだぞ、先生。向こうで困ったことがあったら、いつでも連絡してくれていいからな」
「わかった、ありがとう!またあとでね」
少し後ろ髪をひかれる思いで、その場を後にした。アルトが少しホッとしたような顔をしたのは、気のせいだろうか。
「は~~疲れた…」
給湯室の中で、思わずため息をつく。
東棟のシステムトラブルは想定よりも規模が大きく、なんとか全て修正できたが、忙しくて今まで自分の研究室に帰ってこられなかったのだ。もうすぐ退勤時間になってしまう。
最近忙しくてアルトと話せていなかったからこそ、今日は彼らと向き合いたかったのに…
そう、不甲斐ない気分になる。
アルトは、辛い思いをしていないだろうか。
私は、アルトの支えになれているのだろうか。
今日だってまともに会話することができなかった。大切な彼らに向き合えていない私は、先生失格かもしれない。
でも、それでも。私は彼らの支えになりたい。
北斗さんの言う通り、彼らの悩みは彼ら自身で解決すべきかもしれない。でも、1人で苦しんでほしくない。悩みを聞いて、彼らと一緒に、私も悩ませてほしい。
「…あぁ、君!ここにいたのか」
ふと横を見ると、白衣を着た人が廊下からこちらを見ている。北斗さんだ。
「北斗さん!」
「探していたんだよ。アルトたちが呼んでる」
「アルトたちが?」
「そうだよ。研究室に戻ろう」
「北斗さん、やっぱり、アルトたち…何か、悩んでることや、秘密にしてることがあると思うんです。」
「え」
「ううん、別にあってもいいんです。北斗さんが言っていた通り、こういったことは自分で答えを見つけるべきなんだと思います。でも、大事なところはそこじゃなくて、」
「えーっと」
「悩んでいることは無理に話さなくてもいいんだけれど、相談にはいつでものりたいんです。私はアルトの支えになりたいって思ってるから」
「君、少し落ち着こうか」
北斗さんは少し驚いた顔をしている。
「何があったのかはわからないけれどね。俺にはみんなに悩みがあるようには見えなかったよ。きっと、君がいつもアルトたちに寄り添って、気にかけているからだ。俺もそのことで、君にとても感謝しているよ」
北斗さんが真剣な目で私を見つめている。
「ただ…俺は知ってたよ。アルトたちが秘密にしていること」
その言葉に少しドキッとする。
「今からそれを、アルトたちが話してくれると思う。ついてきて。」
北斗さんに連れられて、いつもの研究室の前に立つ。
「さぁ、中に入って」
背中を押され、戸惑いながらも一歩踏み出した。
扉が開く。
その瞬間、パンパンパンッと、乾いた破裂音が連なって鳴った。
「「「「先生、おめでとう!」」」」
私の目の前を色とりどりの紙テープが舞う。カラフルな風船で飾り付けられた部屋に、クラッカーを持ったアルトたちがいた。
「こ、これは…」
「これはって、今日は先生の誕生日だろ?サプライズだよ!」
快活なアルトは、笑顔でそう言った。
「誕、生日…」
完全に忘れていた。忙しい日々の中で、気にする暇がなかった。それを、ほかでもない彼らは覚えてくれていた。
「飾りつけが終わったあと先生が部屋に戻ってこようとしたときは、流石に焦ったな。サプライズが成功して良かった」
大人っぽいアルトが、ホッとしたような笑顔を浮かべている。
「先生最近疲れてそうだったし、今日は先生の誕生日のお祝いと、お疲れ様会を兼ねたパーティーだね!」
ニコニコ笑顔で甘えん坊なアルトが伝えてくれる。
「あ、そうだ!早速先生に誕生日プレゼント渡しちゃおうよ!」
甘えん坊アルトが紙袋からなにかを取り出す。
「はい、お誕生日おめでとう、先生」
「これは…ヘアオイル?」
「そう!誕生日プレゼント、ずーっと悩んでたんだけどね。先生最近忙しいせいで、ここに泊まり込むことも多かったでしょ?ここってリンスインシャンプーしかないから、髪が傷んじゃってるんじゃないかなーと思って!」
最近悩ましげな表情をすることが多かったのは、プレゼントを考えていてくれたのか。確かに、泊まり込むことが多くなって、髪のダメージが気になっていた。
「使いやすくていい香りのものを選んだし、これなら先生に喜んで貰えるかなって!」
「嬉しい…ありがとう!」
「えへへ、よかった!」
嬉しそうに微笑む。
「先生、俺からもプレゼントだ」
大人っぽいアルトが前に出る。その手にはラッピングされた箱があった。
「これは…?」
「先生が持ち歩いている端末の専用カバーだ。忙しくなってから床に落とすことが増えていたようだから。先生の頑張りが端末の故障で水の泡になってはいけないからな。これをつければ多少は衝撃に強くなるだろう。もちろん、仕事でもプライベートでも使えるデザインにしたつもりだ」
私の行動をきちんと見て、このプレゼントを選んでくれたようだ。
「私を見ててくれたんだね、ありがとう」
「日頃の感謝を伝えたいと思ったまでだ。伝わったなら嬉しい」
満足そうな笑顔で、そう伝えてくれる。
「次は俺だな!俺のプレゼントはこれだ!」
快活なアルトが差し出したのは、ホールのショートケーキだった。
「実はこれ、俺が作ったんだ!」
「え、アルトが作ったの?すごい!」
「へへっ、ありがとな!南棟の研究員にめっちゃお菓子作りが上手いやつがいて、そいつに特訓してもらったんだ。今日のが一番綺麗に作れたんだよ!」
どうやら南棟の研究員には、ケーキ作りで助けてもらっていたようだ。とろっとツヤツヤの生クリームに真っ赤ないちごが食欲をそそる。
「とっても美味しそう。ありがとう!」
「どういたしまして。たくさん食べてくれ!」
少しはにかんだような笑顔を向けてくれる。
「じゃあ、俺もいいかい?」
ここで、北斗さんが前に進み出る。
「俺のはプレゼントってほどじゃないけど、良かったら受け取ってほしいな」
北斗さんが差し出してきたのは、丸みを帯びた白いカップだ。いつものコーヒーが入っているのかと思いきや、今日は一味違った。
「…ラテアートをしてみたんだ。簡単なものではあるんだけどね。アルトのケーキと合わせて飲むのにはぴったりじゃない?」
「もしかして、練習してくれたりしました?」
「少しだけね。あんまり難しいものはできなかったけど。受け取ってくれると嬉しいな」
カップに手を触れると、なんだかとてもあたたかく感じられる。
「…ありがとうございます」
「ふふ、どういたしまして。」
優しく微笑んでくれる。
「…最後に俺なのかよ…」
ボソッとつぶやく声が聞こえる。ツンデレなアルトが、おずおずと私の前に来た。
「あー、なんだその、先生。迷惑だったらほんと、その、あれなんだが…」
ゆっくりとした仕草で、後ろ手で隠していたものを前に出す。
それは、額縁だった。中心には絵が入っている。これは…
「…私?」
笑顔の私が写っていた。とても綺麗に描かれている。彼には私が、こう見えているのか。
「…すごく嬉しい…ありがとう!」
「あー、えっと、たいしたものじゃないんだが…」
目が泳いでいる。泳ぎまくっている。心なしか顔も赤くなっているように感じる。と、甘えん坊なアルトが口を開いた。
「え〜たいしたものでしょ!この中の誰よりも早く、今日のためにプレゼントの用意をはじめてたからね!」
「なっ!?」
とたんにツンデレなアルトの顔がぼんっと音がなりそうなほど赤くなった。
「だよなー!何枚も書き直してたし、最後までこだわって描いてたっぽいし!」
「このパーティー自体にも細部までこだわっていたな。今日もクラッカーが煙が出るタイプだとわかったとき、北棟の設備管理室まで行って申請書の確認をしていた」
「『万が一煙で火災報知器が鳴ってパーティーが中断したら良くないだろ』って言ってたね」
他のアルトと北斗さんもそれに続く。
「お、お前ら余計なこと言うなよ!!!」
ツンデレなアルトはゆでダコのように赤くなっていた。
「すごく嬉しいよ。とても綺麗、ありがとうね。
みんなも素敵なプレゼント、本当にありがとう。私、みんながここにいてくれて、今すごく幸せ!」
本当に、心から幸せだと思う。
さっきまで、私は先生失格とさえ思っていたのに、アルトたちが私を祝って、労ってくれて。きっと、さっき北斗さんが私に言ってくれた言葉が全てなのだろう、と思わせてくれる。
『君がいつもアルトたちに寄り添って、気にかけているからだ。』
きっと、私は彼らの支えになれていたのだろう。だが、それだけではない。忙しいときだって、彼らがいたから頑張れた。今だって、彼らが私を幸せにしてくれている。
きっと、彼らが私の心の支えになってくれている。
そう思うと、今彼らがここに存在してくれていることが、とてもかけがえのないことのように感じられた。
「…みんな、生まれてきてくれて、ありがとう」
そう、口をついて出た。
アルトたちは少しだけ驚いたような、照れくさそうな笑顔を浮かべている。
「…それは今日、俺達が君に贈る言葉なんだけどね」
北斗さんは、そう言って苦笑した。
「…よし、準備完了」
身だしなみをチェックして、カバンを持ち直す。
昨日はあれからみんなでケーキを囲んで食べたり、パーティーゲームをしたり、語らったりして楽しく過ごした。
翌朝、出勤前の私は、プレゼントしてもらったヘアオイルでヘアケアとスタイリングをした。端末のカバーも使い始めた。そのホーム画面には、昨日コーヒーやケーキを飲んだり食べたりしながらみんなで撮った写真を表示させている。私の似顔絵は、玄関から見える位置に飾ってある。
「…それじゃあ、いってきます!」
これからも、アルトたちと、北斗さんと、支え合って、笑い合っていけるように。
あの似顔絵に負けないくらいの笑顔で。
扉を開けて、玄関から一歩踏み出した。
