【完結】ヴィスタリア帝国の花嫁Ⅱ 〜婚約破棄された小国の公爵令嬢は帝国の皇子に溺愛される〜


 ◇


 今二人がいるのは、帝都から馬で五日分の距離を南下したところにある、アンジェという都市である。

 北に帝都、南に港、東に鉱山地帯を(かま)え、別名『帝国の十字路』とも呼ばれる交通の要所(ようしょ)だ。帝都の次に栄えている都市でもある。

 そんな都市の中心部からやや外れた場所にある、小さな宿屋。
 そのお世辞にも立派とは言えないこの宿が、二人の今夜の宿泊場所だった。

 室内にあるのは、ベッドが二台と小さめの丸テーブルが一つ、椅子が二脚。あとは、四、五本のハンガーが収まる――今はそこに、アレクシスとセドリックの外套(マント)が掛けられている――小さなクローゼット。ただ、それだけ。


 そんな粗末な部屋に、なぜ二人が泊まることになったのかと問われれば、理由はとても単純だ。
 
 帝都を出て三日が経った日、つまり二日前のこと、アレクシスが突然『軍と別行動を取る』と言い出したからである。『一刻も早く帝都に戻り、エリスに会いたい』が故に。


 通常、軍隊は必要のない限り、帝国民の生活を妨げぬよう、都市を避けて移動しなければならないと軍法で定められている。

 今回もそれは同様で、演習に参加予定の帝都配属の隊は、西側の国境付近の駐屯地を経由しながら目的地へ向かうことになっていた。

 だが、西に抜けるのではなく、真っすぐ南下すれば、本来十日以上かかる道のりを、少なくとも三日は短縮することができる。
 更に少人数での移動となれば、それ以上の時間を縮めることが可能だ。

 それはつまり、短縮した時間で、港の調査を先に進められるということを意味しており――。

 そう考えたアレクシスは、「俺は現地で合流する」と師団長に後を任せ、セドリックと二人、港へ向かうことに決めたのである。