【完結】ヴィスタリア帝国の花嫁Ⅱ 〜婚約破棄された小国の公爵令嬢は帝国の皇子に溺愛される〜



「姉、さん……っ」
(肝心な時に、僕は何て役立たずなんだ)

 終いには、あまりの恐怖に、ガクガクと手足を震えさせる始末。
 こんな状態では、エリスを抱えて馬車を捕まえることすら、ままならない。


 ――けれど、そんなときだった。

 まるで救世主と言わんばかりに、人だかりを掻き分けて、一人の少女が駆け付けてきたのは。

「道を開けなさい!」

 と、声を張り上げてシオンの前に現れたのは、明らかに貴族の装いをした一人の少女だった。

 ラベンダーブラウンの髪と瞳に、陶器のようにつるりとした白い肌。猫のようなくりっとした瞳。
 薄紫色の美しいドレスを身に纏い、白いレースの手袋をしている。年齢はシオンと同じほど。

 一見、深遠の令嬢にしか見えない彼女は、けれどその愛らしい見た目とは裏腹に、開いたままの日傘を無造作に投げ捨てて、エリスの前で素早く腰を落とした。

 そしてエリスの脈と呼吸を確認するような素振りを見せると、呆気にとられるシオンを、睨むように見据える。

「見たところ、脈も呼吸も問題ないわ。だから、そんなに狼狽(うろた)えるのはおやめなさい」
「……っ」