(本当にお優しい方だわ)
そんなことを考えながら何冊か本を見繕っていると、シオンが手近な本をパラパラとめくりながら、珍しそうに言う。
「へえ。姉さんってこういう本も読むんだね。全然知らなかった。僕がエメラルド宮にいたときは、もっと硬い本ばかり読んでいただろう? もしかして、僕に気を遣っていたの?」
そう問われ、エリスははたと気付く。
確かに、シオンの前では読まないようにしていたな、と。
「ええ、そうね。何だか、あなたの前では読んだらいけないような気がして……。どうしてかしら」
エリスが答えると、シオンは「ふーん」と呟き、意味深に目を細める。
「なるほどね。姉さんの中の僕って、やっぱりそういう感じだったんだ。でも、今はそうじゃないんだね?」
「え……? ええ。確かに今は平気だわ。ロマンス小説を読むようになったのはこっちに来てからだから、あのときはまだ、恥ずかしい気持ちもあったのかもしれないわね。実家には、こういったものは置いていなかったから」
「――実家、か。……まぁ、そうだよね。父さんは、こういうのは嫌いだろうからな」
「……?」
刹那、突然シオンの口から出た父親の存在に、エリスは小さな違和感を覚えた。
それに今、一瞬シオンの声が沈んだ様に聞こえたのは、気のせいだろうか。
とは言え、確かにシオンの言葉に間違いはない。
エリスの実家には、文学的な、あるいはおとぎ話的な小説本はあれど、ロマンス小説のような本は一冊たりと置いていなかった。
父親が、『低俗』だとして、大層嫌っていたからだ。



