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「――え? じゃあ、マリアンヌ様とは知り合いというわけではないのね?」
「違うよ。お会いするのも言葉を交わすのも今日が初めて。ロビーで本を返却してたら、突然声をかけられたんだ。姉さんとそっくりだって。――確かに髪と目の色は同じだけど、僕が姉さんと似てるだなんて考えたこともなかったから、すごく驚いたよ」
「まぁ、そうだったのね」
それから少し後、エリスはどういうわけかシオンと共にロマンス小説の棚にいた。
そこには、本来いるはずのマリアンヌの姿はない。
というのも、マリアンヌはエリスと軽い挨拶を交わしたあと、すぐに帰ってしまったからである。
「あら、いけない。わたくし急用を思い出しましたわ。エリス様、申し訳ないけれど、本はまたの機会に」と言い残して。
エリスは、優雅に去っていったマリアンヌの後ろ姿を思い出す。
(マリアンヌ様はきっと、以前わたしがシオンの話をしたことを覚えてくださっていたのね。それで、気を遣ってくださったんだわ)
エリスは一月ほど前、シオンが宮を出て行ってしまった際、マリアンヌにシオンのことを相談していた。
『弟が何を考えているのか、わからない』と。
その時はこれといって解決策は見つからなかったが、マリアンヌは真摯に話を聞いてくれて、エリスの心は随分と軽くなったものだ。
マリアンヌはきっと、その時からずっと、シオンのことを気にしてくれていたのだろう。



