そもそもここ帝国では、宝石やパワーストーンをお守りとして身に着ける風習がある。
パートナーの瞳と同じ色の宝石を耳飾りにしたり、結婚式で石の入った指輪を交換したりといった具合に。
だが規律の厳しい軍隊では、指輪やピアス、首飾りなど、装飾品を身に着けることは許されていない。
だから軍人の妻たちは、そういったものの代わりに、ワイシャツの襟と裾に、一針一針、アラベスク模様の刺繍を入れるのだ。
『夫が無事に戻りますように』という、祈りを込めて。
エリスと結ばれるまで、恋や愛に疎い人生を送ってきたアレクシスでさえ、このシャツに入れられた刺繍の意味を知っていた。
戦場で共に戦ってきた友や部下たちが、各々の刺繍を密かに自慢し合っているところを、幾度となく目にしてきたからだ。
だがアレクシスは、これまで彼らの気持ちを真に理解できたことはなかった。
価値が付くほどの刺繍ならともかくとして、お世辞にも上手いとは言えない刺繍を周囲に自慢する者の気持ちなど、尚更理解できなかった。
けれど、そんな気持ちとは裏腹に、理解したいという気持ちも常に心の内にある。
普段は荒々しい男どもが、妻から贈られた刺繍の入ったシャツを大切に扱う様を見る度、羨ましさが込み上げてくるのも、また事実であった。
自分には到底理解できないであろう、『異性への愛』。
周りを見れば、皆それを易々と手にしているというのに、自分はどうだ。
女性から贈り物を押し付けられるたび、触れることさえできず、セドリックに処分させる日々。
エリスと結ばれる前のアレクシスは、そんな自分自身にほとほと嫌気が差していた。
それは、エリスを愛するようになった今も変わらない。
よく知りもしない女性からプレゼントを貰う場面を想像すると、吐き気を覚えるほどに気持ち悪くなってしまうのは昔と同じだ。
けれど、相手がエリスとなれば別である。



