「いや、港の件は先日話した通りで変わりない。お前には、渡したリストの店舗を回ってもらうだけでいい。あくまで客としてな」
「でしたら、話というのは?」
港の件でなければいったい何だというのだ。
不審に思いながら再度尋ねると、クロヴィスは表情一つ変えず、黒の塔を淡々と取りにくる。
「お前ではない。用があるのはセドリックの方だ」と言いながら。
「セドリック?」
「ああ。本当はセドリックだけを連れ出すつもりだったのだけどね。お前と久々にチェスをするのも悪くないと思い、こうして誘ったのだ」
「…………」
ますます意味不明である。
――が、そう思うと同時に、隣の執務室に誰かがやってきたようだ。
壁越しに聞こえてくるセドリックの対応で、その人物がマリアンヌであることに気付いたアレクシスは、これ幸いと席を立った。
「先約があるのでしたら、俺はこれで失礼して――」
「待ちなさい。話があると言ったろう」
「いや、話があるのは俺ではなくセドリックなのでしょう? でしたら、俺は不要では」
「それはそうだが、そうではない。セドリックに用があるのは私ではなくマリアンヌだ。……まったく、セドリック本人は気付いているというのに、主人のお前がそれではな」
「…………」
「さあ、席に着きなさい。勝敗はまだ決していないよ」
「…………」
(いったいどういうことだ? まったくもって意味がわからん)
結局、クロヴィスはそれ以上説明する気がないようで、アレクシスは何もわからないまま再び席に着かされる。
その後は、執務室からマリアンヌが居なくなり――それと同時に「チェックメイト」と宣言されるまでの間、チェスに付き合わされたのだった。



