【完結】ヴィスタリア帝国の花嫁Ⅱ 〜婚約破棄された小国の公爵令嬢は帝国の皇子に溺愛される〜


(にしても、側近を全員追い払うとは……)

 今、隣の執務室に待機しているのはセドリックただ一人。
 いつもならクロヴィスに張り付いているはずの三人の側近は、「お前たちは下がれ。一時間暇をやる」というクロヴィスの一声で、一斉に部屋から出て行ってしまった。

(余程聞かれたくない内容なのか? だが、ならばなぜセドリックは残されたんだ? 兄上の考えることは、昔からよくわからん)

 アレクシスは、「兄上の番ですよ」と言いながら、対面に座るクロヴィスの様子を伺う。

 チェス盤の乗った丸テーブルの反対側で、椅子の背面にゆったりと背を預け、優美な笑みを浮かべるクロヴィス。

 アレクシスが一手打つ度に興味深そうに目を細め、鋭い手で斬り込んでくるその表情は、本気で自分とのチェスを楽しんでいるようにしか見えない。
 が、実際は決してそうではないことを、アレクシスは(はな)から悟っていた。 


(やはり兄上は強い。セドリックならともかく、俺では歯が立たんな)

 クロヴィスのチェスに対する姿勢は、昔から少しも変わっていない。

 勝つべきときには勝ち、負けるべきときには負ける。
 クロヴィスにとってチェスとは、戦い方や勝敗のつけ方、ゲームの間に交わす言葉の一つ一つまで、すべてが政治の一部だった。

 相手を生かさず殺さず、戦意を喪失しないギリギリのところを責め続けるときもあれば、相手を立たせるために、そうと気付かせずに気持ちよく勝たせてやることもある。

 それらは全てクロヴィスの圧倒的な強さの成せる技だったが、けれどどういうわけか、アレクシスに対してだけは一切の容赦がなかった。

 つまり、アレクシスは未だかつて一度もクロヴィスに勝てたことがないのである。 
 そのせいで、五十敗を超えたころから勝とうという気すら持てなくなってしまった。