【完結】ヴィスタリア帝国の花嫁Ⅱ 〜婚約破棄された小国の公爵令嬢は帝国の皇子に溺愛される〜

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 翌日から、エリスはさっそく作業に取り掛かった。
 マリアンヌの予定が空いているときは皇女宮で、そうでないときはエメラルド宮の自室にて。

 芸術に詳しいマリアンヌの助言を受けながら、コンパスと定規、パターンプレートを使ってアラベスク模様をデザインしていく。
 エリスは刺繍が得意だが、服への刺繍は初めてだったため、デザインにはとても気を遣った。

 図案が完成したら、襟と裾に丁寧に写し、そのあとはもう作業だ。
 刺繍枠にピンと張った布に、いくつかの縫い目(ステッチ)を組み合わせながら、根気よく糸を入れていく。

 エリスは昔から、無心で布に針を通すこの時間が好きだったこともあり、作業はすこぶる順調だった。

 またマリアンヌの方も、最初はたどたどしく自分の指に針を刺したりしていたが、一週間も経つと一人で花や動物のワンポイント刺繍ができるほどになった。
 刺繍が苦手だとは思えないほどの上達ぶりである。――というより、マリアンヌの場合、苦手だと思い込んでいた、と言った方が正しいのかもしれない。

 というのも、これはマリアンヌに刺繍を教え始めてすぐに気付いたことだが、マリアンヌは今まで、絵を描く要領で刺繍の図案をデザインしていたようなのだ。

 美術館に絵を納めるほどの画力と技術を持つマリアンヌの図案は、それはもう美しく、繊細だった。糸も十数種類も必要とするような、複雑な図案。
 そんな図案を形にしようとする過程で、マリアンヌは何度も挫折を繰り返した結果、すっかり刺繍に苦手意識を持ってしまったらしい。

 エリスはそのことを、シャツの図案についてマリアンヌから助言を受けた際に気が付いた。
 ならば、と、『まずはワンポイントの刺繍から始めましょう』とマリアンヌの意識を軌道修正したところ、上手くいったというわけだ。