「お願い、ですか……?」
「ええ」
いつもなら自信に満ち溢れ、サファイアのごとく透き通る碧色の瞳を、伏せた瞼で半分隠して。
マリアンヌは、すっかり冷めてしまったお茶を一口含むと、躊躇いがちに唇を開く。
「実はわたくし、刺繍がとても苦手なの。他は大抵できるのに、刺繡だけは本当に駄目なのよ。だから、その……わたくしに、刺繍を教えていただけないかしら?」
「――!」
刹那、エリスは驚きのあまり息を呑んだ。
まさかマリアンヌに苦手なものがあったは、と思ったし、それ以上に驚いたのは、今まさに、目の前のマリアンヌが恥じらいの表情を浮かべていることだった。
その様子は、刺繍が苦手なことを恥じているという風ではなく――そう。どちらかと言えば、恋する乙女であるような。
(マリアンヌ様……もしかして……)
エリスは悟らざるを得なかった。
マリアンヌには、刺繍を贈りたいほど好いた相手がいるのだと。
(こんなに美しく聡明な方が、結婚どころか婚約すら済ませていらっしゃらないのはどうしてかと思っていたけれど、そういうことだったのね)
きっと相手は、皇女とは釣り合いの取れない身分の男なのだろう。
地位や権力を持ち合わせた者ほど、結婚に関しては特に、本人の自由にはならないことを身をもって体験してきたエリスは、心臓が締め付けられる心地がした。
(応援するだなんて、簡単には言えないわ。……でも)
気持ちだけでいえば、心から応援したい。それに何より、マリアンヌには普段からとてもお世話になっているのだ。
そんなマリアンヌの役に立てる機会を、みすみす逃すつもりはなかった。
そもそも、刺繍はできなくて困ることはあっても、できすぎて困るなどということは、一つもないのだから。
エリスは、いつになく頼りなさげなマリアンヌの瞳を、覗き込むように見つめる。
「わたくしでよければ、喜んで」
そう言って、降り注ぐ陽光の下、柔らかく微笑むのだった。



