「軍服……ですか?」
「ええ。帝国では、軍人を夫に持つ妻たちが夫の無事を願って、シャツの襟と袖口に刺繍を入れる風習があるの。入れる模様は、『永遠性』や『繁栄』を意味するアラベスク模様。これならきっと、アレクお兄様だって着ないわけにはいかないわ。何せ、お守りみたいなものですもの」
「――!」
マリアンヌの提案に、エリスの瞳が興奮に揺れる。
夫の無事を願ってシャツに刺繍を入れるとは、何と素敵な風習だろうか。
「ありがとうございます、マリアンヌ様。わたくし、殿下のシャツに刺繍を入れさせていただきたいと存じます」
エリスが答えると、マリアンヌは「お役に立てて良かったわ」と顔を綻ばせた。
「シャツはわたくしの方で手配させてもらうわね。軍関連の品は、本人ないしその上官からの申請しか受け付けていないの。お兄様のシャツは黒で特別だから、尚のこと他では手に入れられないわ。でも、クロヴィスお兄様を通せば手に入るはずだから」
「……! それはとてもありがたいことですが、そこまで甘えてしまうのは申し訳ない気がしますわ」
「あら、いいのよ。どうせならサプライズで驚かせてあげたいじゃない? それに、アレクお兄様に『シャツをくれ』と言ったって、素直に渡してくれるとは思えないもの」
「それは確かに、そうですわね。ではお言葉に甘えて、マリアンヌ様にお願いさせていただきます」
「ええ、まかせてちょうだい」
マリアンヌは美しく微笑むと、さっそく侍女を呼びつけて紙とペンを用意させる。
そこにさらさらと流れるような文字を綴り、「クロヴィスお兄様に届けてちょうだい」と侍女に言付けた。
なんと仕事の速いことだろう。
エリスが感心していると、マリアンヌはそんなエリスの視線に気付いて、笑みを深める。
そして侍女の姿が庭園の向こうに消えたのを確かめると、こんなことを言い出した。
「実はね、わたくしも一つ、エリス様にお願いしたいことがあるの」と。



